数万社の顧客を直販部門から切り離す
──マイケル・デル氏がCEOに復帰した2007年、そのときにデル氏はパートナービジネスの強化を掲げました。今から約7年前です。日本法人もこの期間、パートナービジネスを強化するとして、最近では「グローバル・コマーシャル・チャネル統括本部(GCC)」という専門組織をつくって、パートナービジネスを推進していたはず。失礼を承知で言うと、それでデルのパートナービジネスが飛躍的に伸びたとは思えません。 郡 デルなりに頑張ってきたつもりです。ただ、多くのパートナーにとってデルが欠かせない存在になったかといわれれば、そうではない。だから、これまでとは異なる大胆な戦略を進めるんです。過去とは違います。
──大胆な戦略の中身を教えてください。 郡 まず組織体制の変更として、GCCを吸収するかたちで執行役員がトップを務める「パートナー事業本部」を新たに設置しました。そのうえで、GCCに属していた人員の2倍のスタッフを動員します。そして、これが最も大きなチャレンジですが、これまで直販の営業部門が担当していたお客様を、パートナー事業本部に移しました。その数は数万社です。この数万社のお客様を、パートナーと一緒に深耕するというルールを決めました。
──「数万社の顧客を直販営業が手を出せないようにして、パートナーに任せる」ということですか。 郡 平たくいえば、そうです。
──直販担当者からものすごい反発があっただろうと、容易に想像できます。 郡 自分の畑を小さくされることを歓迎する営業担当者は、いませんからね。経営幹部は、今回の戦略を断行する必要性を理解していましたが、現場からの反発はご想像の通りです。
パートナービジネスは直販よりも時間がかかる。しかし、デルがもっと成長するためには、より多くのお客様にリーチする必要があって、そのためにはパートナーの力が欠かせない。そして、タイミングは今なんです。この思いを、現場にも時間をかけて話し、納得してもらいました。
──今回の新戦略について、詳細こそ知りませんでしたが、郡社長の口から聞く前から漏れ伝わり、聞いていました。その情報だと、スタートする時期は、8月ではなく5月でした。 郡 正しい情報です。5月の予定でした。
──社内の反発を鎮める時間が必要だった、ということですか。 郡 いや、直販部隊からパートナー部門に移すお客様の数を変えたんです。5月にスタートさせる計画では、パートナーとともに手がける顧客は数千社と考えていました。しかし、それではデルが本気でパートナービジネスにコミットしたと思ってもらえないと考え、踏みとどまって数を変えた。その調整に3か月を要したということです。
上場していたことでチャレンジ精神が抑制されていた
──確かに、これまでとは異なる強い意気込みを感じます。 郡 これまでも強い意気込みはあったんですよ。ただ、こうして大きく舵を切ることができたのは、昨年10月に本社が株式を非公開にしたことが大きく影響しています。
──株式の非公開化は、パートナービジネスを強化するためだった、と。 郡 上場していると、3か月(四半期)で結果を求められる。3か月の実績を分析したアナリストのレポートで株価は左右され、企業の評価が下される。だから、中期で続けていきたい戦略は見直さなければならないことがありました。リスクという観点でいっても、3か月で取れるリスクはたいしたものではありませんから、大胆な戦略は描きにくい。デルの強みはどこよりも強いチャレンジ精神。それが上場していることによって、抑制されていたのは事実です。
パートナービジネスは、時間がかかります。3か月で結果が出るものではありません。パートナーと一緒になってソリューションをお客様に届けるには、ある程度の準備期間が必要だと思っています。8月からパートナービジネスの人員を倍にしていますが、だからといって、「第3四半期でパートナー経由の売り上げを2倍にしろ」とは言いません。しっかりとした準備をせずに、結果を求めるのはメーカーの独りよがり。パートナービジネスを伸ばすために、パートナーとともにじっくりと戦略を考えられる時間をつくることができたのは、上場を廃止したからこそです。
──郡社長が定めたパートナービジネスのゴールを教えてください。 郡 直販と間接販売はビジネスの両輪です。タイヤの半径が異なると、まっすぐ進みませんよね。
──直販と同等の数値にする、全売上高の半分にするということですね。 郡 直販のビジネスを伸ばしながら、現状30%のパートナービジネスを急速に伸ばします。いつまで? それはもう少し待っていてください。ただ、期待していてください。

‘新パートナー戦略に対して直販担当者からの猛反発があったのは事実。しかし、持続的成長にはパートナーの力が欠かせない。今、大きく舵を切らなければならないんです。’<“KEY PERSON”の愛用品>海外出張の必需品 ボーズ製のノイズキャンセリング・ヘッドホン。周囲の雑音をシャットアウトする。試しに耳にはめてみたが、驚くほど雑音が聞こえない。「飛行機での移動に欠かせない」ツールで、集中したいときに効果を発揮するそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
郡さんは、42歳でデルの社長に就いた。大手企業のトップに若いときに就任した人には必ず聞いてしまう「今後のキャリアをどのように考えていますか」。社長に就いた直後の取材でも同じ質問をしたが、今のポストを3年間務めた今、答えが変わっているかを知りたくて、たずねた。
回答は、前回と同じものだった。「デルが大好きだから、いさせてもらえるなら(笑)、デルにいたい。これから大きなチャレンジ(パートナービジネス強化)をするし、当面は今のポジションで仕事をしたい。ただ、日本の専門家で終わりたくない。日本以外のマーケットでビジネスをドライブする立場を経験できればと思っている。アジア市場を統括する仕事とか」。
これまでのデルのパートナービジネスは、実は、グローバルの組織に壁があり、郡さんが思う通りに推進できなかった部分があった。それが、今回取っ払われ、郡さんが思う存分手腕を発揮できる環境になった。どの国よりも大きな成功体験を味わって、世界に行ってほしい。(鈎)
プロフィール
郡 信一郎
郡 信一郎(こおり しんいちろう)
1969年3月、東京都生まれ。横河メディカルシステム(現GEヘルスケア・ジャパン)や、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー)を経て、2004年4月にデルに入社。公共営業本部長や執行役員、米本社の北アジア地域公共事業本部長を歴任し、2011年2月に営業統括本部長。2011年7月1日に代表取締役社長に就任した。主な学歴は、1991年にタフツ大学の機械工学学士号、1998年にハーバード大学で経営学修士号を取得。
会社紹介
親会社の米デルは1984年に設立。パソコンの開発・販売からスタートし、その後、主にエンタープライズIT製品・サービスの自社開発と企業買収を通じて徐々に拡大し、米IBMや米ヒューレット・パッカード(HP)に並ぶハードメーカーに成長した。ソリューションプロバイダを標榜し、ソフトウェアやITサービスでも豊富な製品・サービス群をもつ。創業者のマイケル・デル氏は2004年にCEOを離れたものの、2007年に復帰。2013年に投資会社と共同で株式を買い取り、非公開化した。日本法人の設立は1989年。