オブザーバビリティー(可観測性)基盤を提供する米New Relic(ニューレリック)日本法人は、IT運用の最適化だけではなく、ユーザー企業の経営戦略にコミットする「ビジネスオブザーバビリティー」を推進している。4月からトップを担う古舘正清社長は「経営とIT部門のKPIを連動させる」と話し、開発・運用の担当者に加え、ビジネスサイドのユーザーの獲得を進めている。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
システムのデータを経営の言葉に変換
――IT業界で長いキャリアを持つ中、ニューレリックのどのような点に期待をして入社されましたか。オブザーバビリティーが解決すべきと考える課題を教えてください。
現代はITシステムの複雑化で、経営とITに分断が生まれているのが課題だと感じています。垂直統合されていたかつてのITシステムは、どの部門のどの業務で効果を発揮しているか、ある意味で見やすい面もありました。ただ、ITインフラとアプリケーションが分かれ、ITインフラの中でもサーバーやストレージ、ネットワーク、セキュリティーといった領域ごとに分業化が進んだことで、全体として見た時に、最適なインフラのあり方や投資対効果に加え、経営やビジネスサイドへの貢献が分かりづらくなっていると感じます。
この時代においてオブザーバビリティーが果たすのは、複雑化したIT環境全体の可視化を通して、ITとビジネスサイド、つまり経営との距離をぐっと近づけることだと考えています。ITシステムのデータをビジネスサイドの言葉に変換する役割を担っていきます。
当社の顧客でもすでに先進的な取り組みが進んでおり、例えばエンドユーザーに提供するSaaSの利用動向を可視化する目的で当社の基盤を導入し、ダッシュボードを作成している例があります。このダッシュボードは、エンジニアだけではなく、提案先の選定や訴求方法を的確にするために営業部門も利用しますし、問題解決のスピードを上げるためにカスタマーサクセス部門も利用しています。
このように、全員が同じデータを見ながら事業に取り組むことが重要だと考えており、共通認識を持った会話を可能にします。開発者やITインフラを担うエンジニア、ビジネスサイド、マネジメントと、オブザーバビリティーを全員が使う基盤にしていきます。
その実現には、部門の壁を越えて連携する文化の形成が重要になります。これと合わせてAIの浸透も、ビジネスオブザーバビリティーを普及させるいいきっかけになると考えています。当社の基盤にAIを適用することで、IT運用の自動化をサポートし、システム障害に対しても即時修復できるように後押しします。IT運用が自動化されれば、これまでできなかったことにも手が回りますので、経営のKPIに貢献する余力も生まれます。
培ってきたサポート力を強みに
――先日の就任会見の際には、日本法人は2018年以来、グローバルの成長率を上回っているなど、好調ぶりを話されていました。ITシステムを監視する用途以外で採用するユーザーの増加も業績に影響しているのですか。
そこはまだまだこれからです。好調をけん引しているのは、企業が利用するデジタルサービスの増加による、開発者ユーザーの拡大です。
ただ、当社はすでにオブザーバビリティー市場ではかなりのシェアがあります。ここから成長するには違う軸をつくる必要があると考えており、AIOpsなどの領域と合わせて、ビジネスサイドでの利用も伸ばしたいと考えています。30年までにビジネスオブザーバビリティーで20社の顧客獲得を目指します。
当社の強みにはサポート力の高さがあります。既存のビジネスにおいても、ITインフラやアプリをモニタリングする際には、複数部門にまたがって当社の基盤を定着させる必要があり、そのためのフォロー体制を磨いてきました。ビジネスに直結するような使い方を訴求する際には、より多くのユーザーに活用してもらわなければいけません。これまで培ってきたサポート力がますます重要になるでしょう。
――顧客体験の可視化など、ビジネス部門で利用する情報を観測するにあたり、なぜニューレリックが優位性を発揮できるのでしょうか。
当社はAPM(アプリケーションパフォーマンスモニタリング)からスタートしていますので、顧客に近い情報の観測には優位性があり、ビジネスサイドが必要とする情報を多く把握できます。また、プライシング面の強みもあります。競合のようにトランザクションやビュー数での課金では、場合によっては膨大な金額がかかってしまうため結局は使ってもらえません。当社はユーザー課金なので、分かりやすくて安心感もあります。
――今後の販売戦略を教えてください。
既存顧客に対しては先述の通り、IT部門だけではなく、さまざまな部門で使われるようにアップセルを図っていきます。顧客の組織文化を変革するコンサルティングの要素もこれから必要になりますので、われわれも新しいステージに行く挑戦をします。
新規顧客に関しても、まだまだカバレッジを広げていきます。これにはパートナーとの協業が不可欠だと思います。中堅・中小企業に対してはMSP(マネージドサービス事業者)パートナーとも連携しながらアプローチしていきたいと考えています。特にSaaSといったデジタルビジネスを展開する企業には圧倒的なニーズがありますので、スタートアップへの拡販も図ります。
――パートナー戦略を教えてください。
いろいろなパートナーが必要だと考えていて、ビジネスオブザーバビリティーを推進するために、経営改善に関われるコンサルティングパートナーやAIOpsに強いパートナーに加え、APMだけではなく、ITインフラも手がけられるパートナーも必要です。既存パートナーを育てることはもちろんですが、新規のパートナーもまったく足りていません。30年までにパートナーの数を3倍にし、パートナー経由での売り上げを現状の15%から50%まで引き上げたいと考えています。トレーニングなどの支援にも力を入れます。
――7月に国内データセンター(DC)となる「東京リージョン」を開設することもアナウンスしています。
これまでは個人情報が入っているログデータを国外のリージョンに送ることができず、利用する機能を制限する顧客もいました。国内DCによって全てのデータを安心して当社の基盤に乗せられるようになりますので、今まで攻められなかった金融や公共といった業界へのアプローチも進めます。
肩をたたいて価値を訴求
――提供するオブザーバビリティー基盤でできることも増えました。人材育成にはどのように取り組みますか。
グローバルで展開するリソースのローカライズや国内独自のコンテンツの用意など、さまざまなことに取り組んでいます。今はエンジニア向けのものが多いですが、ビジネスサイドが利用できるものも拡充していきます。新人に対して、オブザーバビリティーの必要性について知ってもらう研修を届ける取り組みもあります。
一方でコンテンツだけがあっても、当社製品を使いたいと思っていない人には届きませんので、当社や顧客の中の既存ユーザー、パートナーが肩をたたいて、価値に気づいてもらうことが必要になるでしょう。
――組織マネジメントの観点で注力領域を教えてください。
30年までにビジネス規模を2.5倍にしたいと考えていますので、それに伴って営業もエンジニアも拡大します。一方で、ただ社員を増員しても生産性が上がらなければ意味がないので、効率的なGo to Marketのためのモデルをつくっていきます。その際、顧客やパートナーに当社の製品を使いこなしてもらうことが重要になるので、サポートのためのエンジニアは重点的に強化していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ITインフラの領域で経験を重ねる中で、「インフラはインフラとして、安定してセキュアに動いていればいい」という風潮があることに違和感を持っていた。ニューレリックのオブザーバビリティー製品に出会った際に、ITインフラを経営に直結させる力があることを「直感的に感じた」と話す。経営が必要とするITとは何か、ITがビジネスを動かすために何ができるか、守りだけではなく攻めのIT活用を生むための会話が、オブザーバビリティーによるデータから生まれる。
「日本をリアルタイム経営の先進国にしたい」という。ビジネスプロセスやデジタルサービスといった、企業経営の根幹の部分で生まれるリアルタイムデータを、経営に反映させたい。「大上段に構えすぎかもしれないけど」と笑うが、実現に向けた決意は固い。
プロフィール
古舘正清
(ふるだて まさきよ)
1984年に日本IBMでキャリアをスタート。2005年に日本マイクロソフトの業務執行役員、11年に米Red Hat(レッドハット)日本法人の常務執行役員、15年にF5ネットワークスジャパンの代表取締役社長、18年に米Veeam Software(ヴィーム・ソフトウェア)日本法人の執行役員社長を歴任。26年4月から現職。
会社紹介
【New Relic】米本社は2008年に創業。日本法人は18年に設立。オブザーバビリティー基盤を展開する。国内のユーザー数は3万9000人、パートナー企業内の認定コンサルタントは500人。