ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)など173社が加盟する日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA、渡辺武経会長=ディー・エヌ・エー常勤監査役)は、7月20日、京都市の京都リサーチパークで「第33回ISP&ホスティングの集い in 京都」を開催した。イベントは年3回開催し、当日は地元関係者ら約100人が参加。東日本大震災直後の現地報告やNGN(次世代ネットワーク網)、IPv6などに関する報告などがあった。

地域ISP部会の晋山孝善部会長

 冒頭、挨拶に立った地域ISP部会の晋山孝善部会長(ジェットインターネット代表取締役、宮城県大河原町)は、「本日はトピックとして、震災にホスティングベンダーがどう対応したのかを報告する。今後のビジネスの参考にしてほしい」と述べた。 
 

KRAが発行する「京都インターネット新聞」を示しながら説明するエディット・プラスの萩原展孝氏

 続けて、京都レンタルサーバー協会(KRA、北川貞大理事長=カゴヤ・ジャパン代表取締役)が、現在の取り組みについて発表した。KRAは、京都府下のレンタルサーバーサービスの品質と事業性を高め、京都のIT事業の発展を促進し、世界に誇る京都の創造的文化の活性化などを目的として、2008年4月にカゴヤ・ジャパンらが中心となって設立した団体。

 KRAには、カゴヤ・ジャパンのほか、ビジネスラリアート、フューチャースピリッツ、ブリッジコーポレーション、メディアウォーズ、Renbirdの6社が参加。現在は、ユーザーにKRAを知ってもらうために、『京都インターネット新聞』(季刊/紙媒体)を発行している。新聞の編集を担当するエディット・プラスの萩原展孝氏は、「ISPの存在を知らない方々に、認知してもらうことを目的に発刊した。紙媒体で市内でも頒布している」と発刊の経緯を語り、紙面の特徴を説明した。「紙面制作では、画像やデザインデータなどをISPなどのサーバーを介して作業している。その意味で、われわれ編集者はとくにISPを使うことが多い」と、安価で手軽に利用できるISPをアピールした。

 続いて、「災害とインターネット~東日本大震災被災地からの報告~」と題し、宮城県大河原町のISP、ジェットインターネットの代表取締役である晋山部会長らが被災地の状況を説明した。晋山部会長は、地元メディアが撮影した津波の映像や気仙沼ケーブルが提供したDVDを放映しながら、「京都リサーチパークから京都駅までは2Km。京都駅が海だとすると、ここまで津波が来たことになる。インターネットはバッテリ蓄電期間だけ稼働した後、電気が不通になって使用できなくなった。防災無線が途絶えた地区もあり、電気の復旧に関する課題は大きい」と述べた。

 さらに、「被災したISPは、サービス復旧を急ぐために、ガソリンの手配などをしながら事業を継続した。一部の地元民放局は、電気の供給がストップして停波。ローカル情報も途絶えた。被害は広範に及び、ISPやケーブルテレビなどが復旧するまでに時間を要した」と語り、宮城県をはじめとするISPの多くが被災し、沿岸部を中心にいまも復旧作業をしている状況を説明した。 
 

テクノ・マインド・IDC本部IDCサービス部の天野寛氏

 沿岸部の生々しい津波映像を見たあと、仙台市にあるNEC特約店のテクノ・マインドでデータセンター(DC)を担当するIDC本部IDCサービス部の天野寛氏が、震災発生後のDCの監視カメラ映像を見せながら対応経緯を報告した。映像は、免震床で激しく揺れながらも作業員がセンター内に入り、作業する姿が映し出していた。

 同社のDCは、仙台駅から徒歩5分のロケーションにある。震災直後は、東北電力からの商用電源供給が停止。1分後にUPS(無停電電源装置)経由で自家発電に切り替え、燃料を3回給油しながら自家発電で電力を供給し、25時間後に商用電力が復旧したという。余震の危険性もあるため、3月14日までに自家発電用の燃料、2000リットルを確保したという。

 4月7日にもマグニチュード7.4の地震が発生したが、この際も停電で自家発電に切り替え、再度491リットルを補給している。同社のDCの場合、燃料販売会社と優先的に燃料を供給する覚え書を交わしていた。天野氏は、「この覚え書のおかげで、最初の震災直後にタンクローリーで給油してもらった」と、被災地でのガソリン調達が厳しいなかで、難を逃れることができた経緯を語った。

 仙台市内は、地震発生時に通信キャリアの基地局が被災し、通信障害が発生。すべてのキャリアで電話連絡が不通になった。このときはバックアップ電源が働き、一部には通信できていた回線もあり、サーバー・通信機器の障害も発生しなかった。天野氏は、「顧客のサーバー・回線を預かっている立場から、復旧に全力を挙げた。全容解明はまだできていない。ただ、システムをお預かりしていた山形県川西町によると、震災直後、通信は不通にならなかったという。まったく影響がなかった顧客もいた。月1回は設備関係の検査をしていたことが功を奏した」と語る。

 しかし、課題も残った。天野氏は、「被災地の郊外型DCでは、商用電源の復旧まで2日以上かかり、燃料がもたなかった所もあった。当社のDCは、県庁周辺地区に次いで電源が復旧したが、非常用自家発電機を使う企業は、燃料販売会社との優先供給契約を結んでおく必要がある。また、備蓄燃料が目詰まりを起こし、動作停止・動作不良を起こした設備もあったと聞く。定期的な入れ替えが必要だが、費用の問題がある」と指摘した。

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