ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>冷凍食品のトレーサビリティ

2008/02/18 16:04

週刊BCN 2008年02月18日vol.1223掲載

ITで一部は改善できるが…

「便利で安い」のしっぺ返し

 新聞やテレビは連日、中国製冷凍ギョーザによる薬物中毒事件の続報で喧しい。千葉県や兵庫県で冷凍ギョーザを食べた人が吐き気やめまいに襲われ、女児が重体になったのが騒動のきっかけだった。原因は包装用パッケージフィルムやギョーザの皮などに付着していた有機リン系農薬の成分「メタミドホス」で、かつてオウム真理教が地下鉄テロ事件に使用したサリン系の毒物という。原因が解明されたとしても消費者の不安は拭えない。霞ヶ関や永田町からITの利活用で「日本の食の安全を」という声があがるのは目に見えている。良識あるIT関係者は、「またしても“IT万能神話”か」と気が重くなるに違いない。(佃 均(ITジャーナリスト)●取材/文)

■夕刊に「殺人ギョーザ」の見出し

 まず事実関係から整理すると、千葉県市川市の一家5人が中毒症状で順天堂浦安病院に担ぎ込まれたのは今年1月22日。事件発生直後は冷凍ギョーザの具材となったキャベツや白菜に農薬が残留していたと考えられたが、その後、回収した未開封のパッケージの表面や内側に付着していた疑いが強まった。

 調べによると、メタミドホスが付着していた製品は中国河北省の天洋食品廠公司が昨年10月に製造、11月2日に天津港から船便で出荷され、大阪港と横浜港に陸揚げされた。昨年12月中に店頭に並べられ、大阪市枚方市の小売店ではパッケージの表面に異物・異臭があったので、輸入元のJTフーズに返品されている。昨年12月28日に兵庫県高砂市で51歳の男性が食後の体調不良を訴えていたが、このときは薬物中毒とは判断されなかった。順天堂浦安病院の医師が薬物の疑いをもって分析していなければ、メタミドホスは発見できなかったかもしれない。

 報道を受けて全国で約1400人が病院に駆け込み、そのうち約400人がメタミドホス中毒と認められた。「殺人ギョーザ」とセンセーショナルな見出しを打った夕刊紙もあったが、その後の調査でメタミドホスの混入を野菜の残留農薬とする説や天洋食品での製造工程とする見方は弱まった。

■システム化は本末転倒

 高砂市で最初の中毒患者が発生した時点ではともかく、市川市の一家5人の中毒からJTフーズの会見まで10日かかっている。この間、地方公共団体や保健所、薬物検査機関などが情報を共有できなった。厚生労働省は1月31日、「都道府県レベルで得た各保健所からの情報をただちに厚労省に集約するシステム」を検討するよう指示している。食品衛生法で報告が義務付けられているにもかかわらず、システムがなかったので情報が伝わらなかったというのだ。本末転倒もはなはだしい。

 今回の事件で起こったのは、「日本の食の安全」に対する関心の高まりだ。02年にほうれん草や長ネギなど中国産野菜の残留農薬が問題となり、翌03年末に牛BSE(海綿状脳症)をめぐる牛肉輸入規制が社会的な話題となった。次いで雪印乳業による牛乳事件をはじめ、国内食品メーカーによる偽装が多発した。そして今回は有毒物質の混入という最悪の事件となった。

 中国製冷凍ギョーザも、原因はいずれ解明されるだろうが、日本側に利益優先の量販戦略、消費者の価格優先意識がなかったとはいえない。国内よりはるかに安い製造価格で競争力を高め、利益を生む。これは相対的な経済損失を海外の途上国に付け替えているしっぺ返しだが、いまさら後戻りは難しい。

 そのことはともかくとして、日本の食糧輸入率の増加に、ITが少なからず加担していることも心しなければならない。現象では冷凍技術であったり製造技術であったりするのだが、その背景でマイクロコンピュータによる制御システムが動いている。さらに発送の翌日に届けることができるジャスト・イン・タイムのロジスティックやSCM(サプライチェーンマネジメント)、MLP(マニュファクチャ・ライフプロセス・プランニング)などが、食糧自給率を下げるのに貢献したといえなくもない。

■RFIDが使えるか

 牛BSE問題が社会的な関心を集めた03年から04年にかけて、解決策の一つとして注目されたのは「RFID」だった。家畜の皮下にマイクロチップを埋め込んで、飼育の経過、屠畜から食肉加工のプロセスを記録したらどうか、というのが農林水産省と厚生労働省の発案だった。折から日本情報処理開発協会を中心にマイクロチップによる無線自動認識システムの研究が進められていた。

 開発されたシステムは、無線ICタグと解体後の枝肉に付けたバーコードを関連づけることで個体管理を行うというものだった。これを利用すれば、食肉のトレーサビリティが可能になるというわけだ。このシステムは実用化実験を経て一部で本格導入されているものの、追跡できる範囲に限界があることが分かってきた。

 真っ先に対象となった食用牛の場合、海外から輸入された生体も国内で6か月飼育されれば「国産」となる。トレースできるのは輸入されてからに限られ、海外での飼育中にどのような飼料や薬剤が与えられていたかは把握できない。また国内で仔牛から育てられた場合でも、飼料や薬剤のトレースができない。しかも仔牛が転売されると、そこで情報の連続性が途絶えてしまう。ソースマーキング率が99%以上にならないと実効性が半減するバーコードと同じように、食肉にかかわる業者の大半が同じシステムを導入しなければならない。バブル経済の崩壊をきっかけに始まったデフレスパイラルで、システム導入コストを価格に転嫁できない状況が、普及の阻害要因となった。

 今回の事件を契機に、再び「RFIDの利活用を」という声が上がることが予想される。日本国内だけでは意味がないので、米・中・韓など諸外国を巻き込んでシステムの標準化を進めようという動きが起こって不思議はない。だがシステムが普及すればいいという話ではない。「ITで解決できることは、ほんの一部」なのに、官僚や政治家は“IT万能”の幻想を抱いている。

 例えば、ミンチを他の食材と混ぜ合わせると、それから先のトレースは不可能になってしまう。ハンバーグ、シュウマイ、ギョーザ、コロッケ、串かつ、牛丼といった加工済み食品は、製造工場から物流の経過はたどれるが、原材料のトレースは不可能に近い。昨年発覚したミートホープの偽装食肉事件も今回のメタミドホス付き冷凍ギューザも同じ構造で発生した。ITはなるほど、「どこかで誰かがうまくやってくれる」システムを実現する。しかしそれを生かすか殺すか、すべては人次第なのだ。

ズームアップ
農業とオフショア開発
 
 日本の農業は存亡の危機に直面している。愛媛県内子町のように、農協から出荷できない曲がり胡瓜などを地産品として付加価値を高め、年収1000万円超の農家が誕生するようになれば話は別だが、農業離れに歯止めはかかっていない。減反政策で全国の農地は荒れるままに放置され、農業従事者は高齢化している。にもかかわらず食べ物の3割が廃棄されている矛盾がある。IT業界におけるオフショア開発も同じ構造であることに、どれほどの人が気づくだろうか。
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