ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>郵便事業の“次の一手”

2008/02/25 16:04

週刊BCN 2008年02月25日vol.1224掲載

ラスト・ワンマイルを生かす

総合ポータル構想が始動

 郵政公社から日本郵便へ││。小泉改革の本丸とされた郵政事業の民営化がスタートした。物流で日本通運と、直近ではコンビニ大手のローソンと提携するなどアライアンスによる事業拡大戦略が目につくが、「ゆうちょ、かんぽはともかく、郵便事業はお荷物になるのではないか」とみられている。昨年10月に分社して発足した日本郵便の職員数は全国に約10万人。その人件費をハガキ1枚50円、封書1通80円でまかなえるかについては、誰しも首を傾げるが、ここにきて「ITがあるじゃないか」という声が聞こえ始めた。(佃 均(ITジャーナリスト)●取材/文)

■ユニバーサルサービスの採算

 昨年10月に発足した日本郵政の事業会社はゆうちょ銀行、かんぽ保険、郵便局、日本郵便の4社。ゆうちょ銀行は旧来の郵便貯金、かんぽ保険は簡易保険の事業を引き継いでいるので分かりやすいが、一般名詞「郵便局」が窓口業務を担当する株式会社郵便局と、集配・仕分け・運送およびハガキや切手を発行する日本郵便に分かれたので、少しややこしい。

 確認のために記しておくと、持ち株会社である日本郵政は資本金が3兆5000億円で従業員数は約3500人、ゆうちょ銀行は3兆5000億円で1600人、かんぽ保険は5000億円で5400人、日本郵便は1000億円で9万9700人、郵便局は1000億円で1万9900人だ。  情報システムの面では郵政公社の時代に、ゆうちょ銀行の基幹系システムにUFJ銀行の勘定系システムを、郵便局の窓口業務に米セールスフォース・ドットコム社のASP型CRMシステム「Salesforce」をそれぞれ採用することで話題となった。ただし現在は既存のシステムを継承しており、各社が独自のシステムに移行するのは今年10月以降となっている。

 ゆうちょ銀行とかんぽ保険のシステムはNTTデータ、日立製作所が受注、日本郵便は日本通運と共同開発で進められているが、問題なのは民営化後の採算だ。ゆうちょ銀行は預金残高188兆円、かんぽ保険は総資産113兆円といずれも世界最大規模で、窓口業務は郵便局に委託となれば、決算を待つまでもなく超優良企業となることは間違いない。

 これに対して集配・仕分け・運送の実務を担う日本郵便の採算性には、首を傾げる向きが少なくない。何せハガキ1枚50円、封書1通80円という一律の基本料金で、全国均一のサービスを約束しなければならない。よく「北海道から沖縄まで」という表現が使われるが、日本郵便にとって頭が痛いのは離島や山間部の過疎地だ。そこに人が住んでいる限り、徒歩で1時間かかろうと、1枚50円のハガキ1枚でも届けなければならない。

 加えてインターネットと携帯電話という強敵がいる。ちょっとした連絡ならメールで済ませるのが当たり前になり、年賀状や暑中見舞いもネットで、という人が増えてきた。固定電話を持たない世帯が3割、新聞をとらない世帯が2割を超え、この傾向はますます強まるとみられている。郵便事業が「20世紀の遺物」になりかねない状況下での民営化は、おのずから先行きの困難が予想される。郵便事業の民間開放が行われても、宅配便会社が参入を躊躇したのはこのためだ。

 こうしたなかで日本郵便の社内や周辺から、「ITがあるじゃないか」という声が聞こえ始めた。東京・赤坂にオフィスを構える事業企画のコンサルティング会社に、昨年秋から日本郵便の関係者やネットベンチャー系企業のアライアンス部門担当者が集まって、新規事業の検討が重ねられている。ポイントは「ラスト・ワンマイル」と「団塊世代」だ。

 離島や山間部の過疎地にもハガキ1枚、封書1通を定額で届けるユニバーサルサービスは、現状では先行きが暗い。しかし団塊世代が一斉にビジネスの第一線から退く2010年以後、「ラスト・ワンマイルを握っていることは、反対に決定的な強みになる」(コンサルティング会社社長)という。

■“老後”を総合的に支援

 ストーリーはこうだ。

 団塊世代はパソコン、インターネットを使い慣れている。“脱都会”志向が強い。年老いた両親の面倒をみるために故郷に戻ったり、退職金を手にして田舎暮らし、離島暮らしに踏み切る人も多いに違いない。そうした人々は都市生活に慣れているだけに、様々な情報を求めるだろう。

 「求めるのは情報だけじゃない。同じ立場にある人とのコミュニケーション、物品やイベントのチケット、デジタルコンテンツの新しい市場が広がる」

 というわけだ。

 そのときラスト・ワンマイルを握っていることが生きてくる。「ゆうちょクラブ」の全国650万人会員が当面のターゲットだ。なるほど、ネットベンチャー系企業にとっては魅力的な企画に違いない。

 しかし既存のネット通販会社が同じことを考えれば、どうなるか。ユニバーサルサービスを保証している以上、通販会社から依頼される宅配物を拒否できない。日本郵便は便利に使われるだけではないか。

 「通販会社にとって重要なのは代金の決済なんです。これまでも代金の決済は郵便為替で行われるケースが多い。消費者からみたら、同じ商品を買うなら手続きが簡易なほうがいい。ゆうちょ、かんぽと連携すれば、金融・保険サービスとネットによる物販の組み合わせが実現する」

 検討会に参加している企業はインターネット広告代理店、SNSサービス、ネット通販ポータル、趣味やイベント・学習のコンテンツサービスといったネットベンチャーのほか、介護サービス、旅行代理店など多彩な顔ぶれがそろっている。ITによって団塊世代の“老後”を総合的に支援するという戦略だ。これが実現するかどうかは参加企業間の調整とシステムの連携、さらに決済機能。「できれば今年10月に旗揚げしたい」と関係者は言う。郵便事業の“次の一手”がみえてきた。

ズームアップ
ユニバーサルサービス
 
 小泉改革で進められた「官から民へ」で最も問題となったのは、ユニバーサルサービスの民営化だった。全国一律料金で均一の質を保証するサービスは、そもそも民間では採算に合わないから公共セクターが担ってきた。それを民間に移した後も、料金やサービスの質に関して国が決定権を持ち続けるという矛盾が、介護サービスのコムスン事件を生み出した。
 郵便事業もその一つで、採算重視に偏れば集配頻度の減少や配送の遅れ、誤配といったサービスの劣化ばかりでなく、集配郵便物の不法廃棄にもつながりかねない。収益確保のためにITを活用するのは当然といえるが、巨大な資産を武器にした民業圧迫という批判を生むかもしれない。
  • 1