定石を再考する~調査データの裏に見えるSMBの実態~

<定石を再考する~調査データの裏に見えるSMBの実態~>第1回 「クラウド時代に“情シス”は不要」は本当か?

2010/06/01 20:29


 ここで、「クラウドがもたらすものとは何か」を少し考えたい。クラウドの定義はさまざまだが、ここでは以下の三つの要素を備えたものをクラウドと捉えることにする。この定義は、ノークリサーチが実施した調査結果でも、最も多くの支持を得ているものだ。

<クラウドの定義>
・ハードウェア/ミドルウェア/ソフトウェアなどのITリソースを、サービスとして提供または利用する

・仮想化/抽象化によって、システム構築/運用における柔軟性と迅速性を実現している

・ITリソースの規模拡大や要求によって、スケールメリット/効率改善/可用性向上を実現している

 クラウドとは「情報処理システムを稼働させるための環境を提供するもの」といえる。だが実際には、稼働環境を考える前にすべきことがたくさんある。自社の業務を踏まえたうえで、どんなシステムにすべきかを考える「検討段階」と、システムの設計と開発作業を行う「実装段階」を経て、ようやく稼働環境を整えて「運用段階」に入る。業務内容が変化すれば再び検討を行い、システムは企業とともに成長していく。情報処理システムには、こうしたプロセスを繰り返す「ライフサイクル」が存在する。

 先ほど述べた「情シス不要論」は、運用段階におけるクラウドの効用に着目したものだ。しかし、検討段階までクラウドに任せることはなかなか難しい。大企業を対象とする場合には、会計、給与、人事といった企業によって比較的差異の少ない業務をある程度のまとまった規模で丸ごと請け負うBPO(ビジネスプロセスアウトーシング)を、クラウドと一緒に提供することは可能だろう。

 しかし、規模が小さいにも関わらず、企業ごとの業務差異が大きい中堅・中小企業に対しては、検討段階から丸ごと請け負うスタイルは難しい。そのため、何らかの形で顧客の業務と情報処理システムとの橋渡しをする役割が顧客企業側に必要となる。つまり、先に触れた「情シス不要論」には、「検討段階」の視点が抜けてしまっているのである。

情報処理システムのライフサイクルとクラウドとの関係

 中堅・中小企業に情報システムを提供するIT企業は、この検討段階の重要性を再認識すべきだ。「クラウドを採用すれば人件費がカットできますよ」という触れ込みで経営陣に提案し、システムを自身の手元に抱えれば(もっとうがった表現をすれば、システムを人質に取れば)、ユーザー企業はコスト削減効果を享受でき、IT企業側は継続的な収益が見込めるという考え方も確かに分かる。

 だが、そこで橋渡し役を担う人材を失ってしまうと、顧客企業が次のサイクルへ進もうとしたときに、「検討段階」が大きな障壁となる。それは顧客企業にとってはもちろん、IT企業にとっても大きなデメリットとなるだろう。

 運用段階においてクラウドを活用することは、顧客企業にとってもIT企業にとっても有効な選択肢の一つだ。だが、中堅・中小企業に対しては、クラウド提案とあわせて「検討段階」を担う人材を顧客企業と“共に育てる”というマインドをもつことが大切だ。

 例えば、あるIT企業がメールのクラウドサービスを提供しているとしよう。IT企業の仕事は、メールシステムを置き替えて終わりではなく、その顧客のメール以外の業務システムで「クラウド活用が適しているものはないか?」を、顧客企業の情シス担当者と一緒に考える。そうした小さな努力を積み重ねることによって、顧客企業側は自社業務とITを結びつける人材を育成でき、IT企業側は顧客との信頼関係を深めることができる。

 経済不況によって、中堅・中小企業の多くは「情シス不要論」に傾倒してしまいやすい状況にある。しかし、本当に必要なのは「運用段階」だけではなく、ライフサイクル全体を見据えたIT活用だ。顧客企業にそれを気付かせ、適切なアドバイスを行うのは、IT企業の重要な役割といえる。一見すると遠回りのようであるが、「検討段階を担う顧客企業の人材」を大切にできるIT企業こそが、今後のクラウド時代においても、最終的には顧客の信頼を勝ち取るのではないかと考えている。

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ノークリサーチ=http://www.norkresearch.co.jp/