サイボウズが2011年11月に提供を開始した「サイボウズ Office」などのクラウド対応版は、2013年5月中旬にユーザーの数が10万を超えた。累計約400万ユーザーのパッケージ版に比べると少ないものの、青野慶久社長は、「一日も早く100万、1000万ユーザーにする」と、クラウドにかける強い思いを表明する。クラウド対応に慎重な姿勢をみせるパッケージソフト会社が多いなかにあって、サイボウズは果敢に挑む。その狙いは、どこにあるのか。
クラウドの時代は水平分業が通用しない
多くのIT企業は、IT産業の水平分業をあたりまえだと思っていることだろう。プロセッサ、OS、ミドルウェア、アプリケーションソフトのなかから最適なものを選んで、組み合わせて提供する。そう思っているパッケージソフト会社の経営者は「クラウドも同じように水平分業になる」と捉えて、自社が取り組む開発は、SaaS(アプリケーション)に特化する。「クラウド基盤や開発環境は、他社のものを利用すればいい」と考えているからだ。だが、今、クラウド基盤からアプリケーションまで一貫して手がけるIT企業が業界をリードしつつある。
サイボウズは、クラウドを立ち上げるにあたって、アプリケーションだけでなく、クラウド基盤「cybozu.com」や開発環境「kintone」も自社開発した。青野社長は、その理由をこう説明する。「複数の人たちが一緒に仕事をするチームワーキング・クラウドを提供する最良の方法を選んだ」。
アマゾンなどのクラウド基盤を活用すれば、開発費用を抑えることができるように思えるが、これに対して青野社長は、「他社のクラウドを使っていたら、その運用に合わせることになる。『このサービスレベル』と要請されたら、それに従わざるを得ない。セキュリティも同じで、自分でコントロールすることができない」と語っている。サイボウズが必要とするセキュリティ基準や品質などを満たすクラウド基盤を追い求めた結果、自ら開発するに至ったというわけだ。
クラウド基盤を自社で開発するには、当然ながら技術力が必要となる。実は、青野社長はサイボウズの社長に就任した当時、「シリコンバレーの企業に比べて、(サイボウズは)技術力が低いと感じた」と打ち明けている。そこで、情報共有に必要なソフト技術の研究開発に取り組むサイボウズ・ラボを設置し、個性的で優秀な技術者を集めた。「技術で勝ちたい」からだった。この就任当時の決断が、クラウドにも貢献した。
開発費用が膨れ上がることも課題だ。クラウドへの投資額は、すでに30億円に達しているという。売上高40億円強、経常利益約5億円のサイボウズにとって、決して小さな額ではない。「短期的にみれば費用は多額だが、長期的には十分回収できる」と判断して、青野社長は売り上げや利益よりも顧客獲得を最優先に考えている。株主にもその考え方を説いているそうだ。
50万ユーザーに達した「サイボウズLive」
クラウドのユーザー数は着実に増えている。13年5月中旬時点で3000社以上、10万ユーザーを超えた。例えば、大阪のある介護事業者は患者の情報を家族や自治体と共有する仕組みの構築・運用を開始した。青野社長の狙い通り、チームワークのプラットフォームとして使うユーザーが多いという。
クラウド基盤に載るソリューションも拡充している。「『kintone』は、当初、簡易型開発ツールと思われていたが、最近は高機能なソリューションも開発されている」(青野社長)。アプレッソのデータ連携ソフトや、日本インフォビューテクノロジスのSAP連携ソリューション、ネグジット総研の保険薬局業務改善アプリケーション、内田洋行のERP「スーパーカクテル」が代表例だ。
大手だけでなく、高知県のITベンチャーであるタイムコンシェルなども、自社ソリューションをクラウドに対応させてきており、「kintone」を使って開発したソリューションは24個になる(13年5月中旬時点)。「ほんとうに儲かるのか」と様子見だった販売パートナーは12社にまで増え、サイボウズが考えるエコシステムが浸透してきたという。現在、70%が直販で獲得したユーザーなので、パートナーの増加によってユーザー数の拡大を期待できる。
クラウド事業は業績に貢献しつつある。2013年度第1四半期(13年1~3月)の売上高は、前期比6.7%増、この4月は前年同月比18.7%増と大きく伸びた。「この4、5年は横ばいだったが、クラウドの成果が出てきた」(青野社長)。パッケージ販売が減っているわけでなく、「クラウドとのシナジーが出ている」という。
クラウドユーザーを100万人、1000万人にするうえで、ソリューションの開発、販売体制に加えて、二つの重要施策がある。一つはグローバル展開だ。年内にも米国と中国でのサービス提供を開始する予定。もう一つは、200人まで無料で使えるクラウド型グループウェア「サイボウズLive」だ。50万人を超えるLiveユーザーを、どの方向に導くのかがクラウド事業に大きく影響するだろう。青野社長は「どうするのか決めていない」というが、その対応策に注目したい。
【今号のキーフレーズ】
必要とするセキュリティ基準などを満たすクラウド基盤を追求した結果、自ら開発するに至った。