クラウドやモバイルの登場によってITの市場環境が激変している今、ITベンダーは新しいかたちのビジネスに挑もうとしている。しかし、いくら経営トップがすぐれた事業方針を打ち出しても、それを実ビジネスにつなげるのは営業現場だ。そんななかにあって、これまで以上に重要な役割を担うのは、現場を動かす「営業リーダー」である。このコーナーでは、IT企業で奮闘している営業リーダーたちを紹介する。初回の今回は、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)の田中琢磨さんに、営業マネージャとして工夫していることを語ってもらった。(構成/ゼンフ ミシャ 写真/大星直輝)
[語る人]
日本ヒューレット・パッカード 田中 琢磨さん
●profile..........田中 琢磨(たなか たくま)
大学卒業後、1998年4月、コンパックコンピュータ(現 日本HP)に入社。パートナー担当の営業部門に配属され、PC・サーバーの営業を担当する。ディストリビュータなどパートナー向け提案のほかに、内勤営業部門で見積もり作成や問い合わせサポートに従事したり、西日本支店に異動して関西地区で活動したりと、営業の幅広い分野で経験を積む。2011年11月、販売店への直接対応を行う営業部門に異動し、現在に至る。
●所属..........プリンティング・パーソナルシステムズ事業統括
パートナー営業統括本部 第二営業本部 リセラー営業部
マネージャ
●担当する商材.......... パソコンやプリンタ
●訪問するお客様.......... リセラー(2次店)
●掲げるミッション.......... パートナー関係の強化
●感じるやり甲斐.......... 各メンバーの個性をチームとしてまとめる
●部下を率いるコツ.......... 同じ目線で、顔を見て話す
●リードする部下.......... 7人
話しかけやすい環境をつくって部下の気づきを吸収
7人の部下を、さん付けで呼ぶようにしている。私は15年前に、外資系企業でフラットな人間関係を重視する日本HPに入社した。リセラー向け営業チームのマネージャに昇格している現在も、同じ目線で部下たちと話して、距離を縮めることを大切にしている。
当社の社員には固定席が与えられていないので、各フロアの机や打ち合わせコーナーを自由に使って、仕事をこなしている。私は週一回、部下とミーティングを開いて情報を共有するけれども、限られた時間なので、すべての情報は吸収し切れない。だから、会議以外にも、決まった時間帯に特定の席にいるようにしていて、部下が私を社内で探すことなく、すぐに話しかけることができる環境をつくっている。いくらコミュニケーション技術が進展しても、部下の顔を見て直接話すのが一番だと思う。
私が担当しているパソコンとプリンタは、日本HPの重要な商材だ。しかし、ご存じのように、ハードウェアを取り巻く市場環境はなかなか厳しい。そんななかにあって、数千社のリセラーに当社のパソコンとプリンタをより積極的に販売していただくよう、1社1社を訪問し、製品を説明したり、日本HPに対する要望をヒアリングしたりしている。私は、部下たちがお客様の生の声を聞いて気づいたことを吸収し、次の提案の材料を集める。こうして、個々の行動やアイデアをまとめてチームを形成するのは、今の仕事のやり甲斐だと感じている。
今は、部下たちが客先を訪問した後に、全員メールでお客様の課題やニーズをチーム内で報告することを徹底している。オーソドックスだからこそ効率がよく、続けやすい情報共有のやり方かもしれない。実は、会話のしやすさや情報共有にこだわっているのは、以前、部下が提案先で聞いた有意義な情報が自分に伝わらず、案件を見逃してしまったという痛い経験をしてきたからだ。忙しそうにしていて、なんとなく近寄りがたい雰囲気だと、部下が話しかけてこない。失敗の経験を大切にし、コミュニケーションの改善に生かしている。
提案活動も対話力がカギと考えている。お客様を訪問して、いきなり「困ったことは何ですか」と聞いても、具体的に教えてもらえない。そこで会話を弾ませ、信頼関係の構築に使っているのは、手品だ。そう、私はセミプロのマジシャン「プリティ田中」として活動している。もちろん、商談の場で手品を見せるわけではない。趣味でマジックを学び、週末にバーなどで披露している。訪問先での話をすると、お客様が驚いて興味を示し、コミュニケーションが活発になる。
[紙面のつづき]マジックと営業の共通点、相手の顔を見て機敏に動く
私の趣味はマジック。週末には、日本HP・リセラー営業部のマネージャからセミプロのマジシャン「プリティ田中」に変身して、横浜や新宿のバーで手品を披露する。マジックに出会ったのは、8年ほど前、お客様との接待がきっかけだ。接待の二次会で、お客様と手品の手法についての話が盛り上がり、「おもしろい。やってみたい」と思った私は、その後、独学を開始した。
マジックのなかでも、私の得意分野は、いわゆる「クロースアップマジック」だ。少人数の観客の目の前で、トランプやコインなどの小物を使って演じる。観客との距離が非常に近いので、マジックを成功させるためには、常に観客の表情を見て、機敏に動くことが大切だ。これは、マジックと仕事の共通点だ思う。紙面では、部下の顔を見て直接話すことが、私にとって一番いいコミュニケーションの方法だとお話しした。マジックの勉強で身につけたスキルを生かして、部下の表情から疑問や不安などを読み取ったうえで、彼らの行動を統括している。
私は、1998年に当時のコンパックコンピュータに入ってから、最初の5年間はお客様への訪問に没頭し、現場で営業の基本を学んだ。その後、主任になり、またチームのリーダーになって、初めて指示やアドバイスする立場の難しさを実感した。新人時代から、営業にとって数字の達成は何よりも大切ということを肝に銘じてきているので、マネージャになった今も、数字の責任に関しては、それほど大きなプレッシャーを感じない。日頃、悩んだり知恵を絞ったりするのは、部下たちをいかに動かして、パートナーとの関係の強化につなげるかということについてだ。
部下と気軽に話して、その柔らかな発想を吸収しようと、仕事後の飲み会を生かしている。夜、部下を集めて、オフィスがある東京・大島近辺に多い下町風の居酒屋で、飲みながら軽く仕事について意見を交換する。部下は会社だと言いにくいことや、感想や意見をオープンに話してくれる。飲み会は、マネージャとしていろいろなヒントを得ることができるとても貴重な時間だ。
提案書のつくり方や営業トークの進め方など、営業パーソンとしての細かいことは、部下個人に任せている。重視するのは、部下のキャラクターだ。人としてしっかりできているかどうかのことが、パートナーとの関係を築くうえで最も重要だと考えて、部下の「人としての基本」を常にウォッチしている。
その意味で、私の7人の部下はいい人ばかり。指示をよく聞いてくれるので、メンバー同士がうまくかみ合って動くすばらしいチームになっている。

「TUMI」ブランドの機能性重視型ビジネスバッグ。日本HPの営業パーソンは、TUMIの鞄が定番だそうだ。客先で話を弾ませるために、手品用のトランプも入れたりもする。