「IT業界の法人向け領域には、ベンチャー企業が出てこない」。そんな声を取材先から頻繁に聞いてきたし、私もそう思っていた。IT業界で注目されるベンチャーといえば、ゲームやSNSなど、コンシューマ向けサービスを提供する企業が主役を務めている。最近でいえば、ディー・エヌ・エー（DeNA）やLINE、ガンホー・オンライン・エンターテイメントといったところだろう。

　その一方、法人向けにITを提供するベンチャーがそれと同等に扱われるケースは、極めて少ない。法人向けのIT業界には、ベンチャーが生まれていないのか、それとも知らないだけなのか。以前からそんな疑問を抱いて、さみしい気持ちにもなっていた。

　しかし、最近はその流れが変わってきたようだ。法人向けITの分野でもベンチャーが台頭してきている。例えば、名刺管理機能のSansan、受託ソフト開発のソニックガーデン、そして財務会計のfreee。いずれのベンチャーも好業績を上げており、ユニークなワークスタイルにもスポットが当てられ、IT以外の業界からも注目され始めた。

　これらの法人向けITベンチャーは、新分野にチャレンジしているわけではなく、「名刺管理」や「会計」「受託開発」といった従来からある伝統的なマーケットでビジネス展開している点を見逃してはならない。すでに多くのユーザーを獲得しているライバルが無数にあるなかで、後発にもかかわらず、存在感を示し始めているのだ。

　なぜか。共通しているのはユーザーインターフェース（UI）にこだわっていることだ。テクノロジーは、それほど他社と変わりはない。ただ、他社製品よりも使いやすさを追求している。それが、ユーザーの関心をひき、既存商品からの乗り換えを促している気がする。

　「iPhone」は、なぜヒットしたのか。アップルのブランド、「iTunes」を基盤にしたアプリケーションソフトの販売・購入の仕組みがあるとは思うが、最大の理由は、従来の携帯電話にはなかったあの快適なタッチ操作やUIにある。「イノベーション」は、そう簡単には生まれない。しかし、すでに存在するシステムやサービスを少し使いやすくするだけで、ユーザーを満足させることは可能だ。トラディショナルなマーケットで頭角を現したベンチャーがそう教えてくれている。