「縄文時代の日本には身分や貧富の差がなく、1万年以上にわたり平和が続いていた」と言われることがある。
実際には各地で、装飾品などから指導者と考えられる人の墓が見つかっていたり、争いで命を落としたと見られる人骨が発掘されたりしており、縄文時代を理想化するのは、あまりに単純な見方だ。ただ、当時は米のような長期保存できる食料や、財産を蓄積する手段が限られていた。後の時代に比べれば富の偏りは小さく、武力による衝突も小規模だったという考え方は理解できる。
人間は集団で力を合わせて獲物を狩り、道具をつくり、子を育てる生活様式によって生き延びてきた。子どものころ、「周りに迷惑をかけるな」と言いつけられ、「道徳の時間」では人助けを善として教育された人も多いだろう。だが、倫理や善悪といった評価軸からいったん離れて考えても、「人のためになることをすべき」という教えは、人間が生存するのに必要な普遍的価値観だったのではないか。あるいは、そういう価値観を共有する集団が、厳しい自然環境の中で生き延びるのにたまたま適していたから、縄文時代に人間が絶滅せずに済んだ、というところか。
IT企業の経営者に話を聞いても、「社会のお役に立つのがわが社の使命」「会社は金儲けだけを考えていてはいけない」と熱っぽく語る人が少なくない。素晴らしい考え方だし、多くの企業が後に続いてほしいと思う。ただ、逆に言えば、大して社会の役に立ってもいないのに利益を上げている企業が存在する、ということなのだろうか。
その命題が真か偽かの判断は読者の皆さんにお任せしたいが、これまでITの世界では、既に詳細に定義された仕様をソースコードに実装していく作業はおろか、システムの稼働をチェックするだけのようなタスクにも、人間が手足を動かす必要があったため、顧客は費用を支払っていた。しかし、情報システムの開発・運用のうち、人間ならではの価値が不要な仕事については、AIによって置き換えられるのが必至だ。顧客は人の稼働時間ではなく、IT導入の結果として生まれるビジネスの価値にしかお金を払わなくなる。
少なくともITビジネスにおいて、「誰かの役に立つ」ことは、もはや倫理や善悪の問題ではない。誰かの役に立たなければ、生き残れないのだ。
週刊BCN 編集長 日高 彰

日高 彰(ひだか あきら)
1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。PC情報誌のWebサイトで編集者を務めた後、独立しフリーランス記者となり、IT、エレクトロニクス、通信などの領域で取材・執筆活動を行う。2015年にBCNへ入社し、「週刊BCN」記者、リテールメディア(現「BCN+R」)記者を務める。本紙副編集長を経て、25年1月から現職。