ビジネスのグローバル化が進み、商談の場などで英語を中心とした多言語対応に迫られる機会は多くなっている。独DeepL(ディープエル)は、AI翻訳ソリューションを法人向けに展開し、言語の壁を取り払うことをミッションに掲げ、ビジネスの場で母国語でやり取りができる製品開発に注力している。日本法人DeepL Japanの高山清光社長は「テクノロジーで日本の成長を後押しする」と述べ、海外とのコミュニケーションに課題感を抱く、あらゆる業種・業界にパートナーを通じてソリューションを届ける考えを示す。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
日本のGDPを押し上げる技術
――長年IT業界で活躍されている中で、ディープエルを選んだ決め手は。
私は英語で苦労しており、「DeepL」を使っていました。これまでエンタープライズ領域のパートナーチャネルビジネスが長く、DeepLはパートナー経由で公共領域に広げていくのに相性が良いソリューションだと感じていました。また、JETRO(日本貿易振興機構)が発信している情報に、もし日本人から言語の壁がなくなったら、GDPが10~15%上がる可能性があるとの指摘がありました。テクノロジーでこれほど日本のGDPを押し上げられるソリューションはほかにありません。インパクトがあり、多くの人を助ける仕事をしたいと考え入社を決めました。
――日本企業が直面している言語の壁をどうみていますか。
お客様と話す際に、会社の中にどれくらい英語ができる人がいますかとお聞きしています。多いのが、10%は不自由なく話せる、20%は頑張れば話せるというケースです。できる人に英語関係の仕事が集中し、すごく苦しい思いをしていることが多いと感じます。母国語のように100%意思を伝えられない中で、苦労している方をテクノロジーで支援するのは大きな意義があります。
製造業で多くの特許を持っている企業に話を聞くと、その技術を欲しい会社を海外で探そうにも言葉ができないためつながれず、宝の持ち腐れになってしまっているケースがあります。日本の多くの企業にとって、言語は明確な課題であり、当社が貢献できる価値は大きいでしょう。
もう一つの課題は、言語ができないことで意思決定が遅くなってしまう点です。語学対応ができる人が意思決定者ではなく、その場で決断できずに持ち帰ることでスピードがどんどん遅くなってしまいます。テクノロジーを使うことで言語の壁をなくし、意思決定者がその場で決断することが重要です。
求められている言語は英語だけではありません。日本、中国、タイ、メキシコの方が商談の場でお互い不慣れな英語で会話し、よく理解し合えないというような状況になっています。私は毎月韓国で営業していますが、すべて日本語です。不慣れな英語や韓国語に苦戦するより、日本語で話したほうが本質が伝わるのです。36の言語に対応するDeepLを使うことで、言葉の壁はなくなります。
――コンシューマーの利用から広まったソリューションですが、近年は法人向けにフォーカスしています。
当初はBtoCがメイン領域でしたが、利用のされ方を見ると、企業内でビジネス目的で使っている人が多かったのです。企業向けに求められる機能を備えた製品を提供しようと、2年ほど前からBtoB領域に特化した開発体制を取っています。
セキュリティーと精度の高さを訴求
――製品ラインアップと開発の方向性を教えてください。
テキストを入力すると翻訳が表示される「DeepL翻訳」が基本製品です。文字だけでなくファイルそのものを翻訳したいというニーズにも対応しています。AIによる文章作成や校正を支援するのが「DeepL Write」です。学術的な文章にしたい、親しみやすい文章にしたいなど、用途によって文章のトーンを変えることができます。
これらを自社アプリケーションや業務システムに統合できる機能が「DeepL API」で、翻訳機能をシステムの裏側から提供します。開発中の「DeepL Agent」は自律型AIエージェントで、営業やマーケティングを自動化していきます。
今、機能強化に力を入れているのが「DeepL Voice」です。リアルタイム音声翻訳機能で、現状は音声の翻訳をテキストで表示しますが、音声から音声への対応を開発しています。会議や商談でのやり取りが遅延なく母国語でできるようになることを目指しています。言語によっては、同じ単語でも文字数がすごく多くて、テキストの翻訳では理解が追い付かないというケースもありますので、音声を音声にという需要は高いと考えています。
開発の方向性として、お客様が実際に使うユースケースを想像し、何があればより多くの人を救えるだろうという観点で優先順位を付けています。音声から音声への翻訳は、オンライン会議やオフラインとのハイブリッドなどより広い場面で活用できる機能です。
――競合と差別化できる点はどこでしょうか。
一番はセキュリティーです。法人向けに販売すると必ず聞かれるのは、データをディープエルが保持するのかという点ですが、入力した情報は翻訳後に即時削除します。個人情報を含んでしまっているかもしれないファイルを訳した場合でも、安心して使っていただけます。
次に精度の高さです。自社で開発したLLM(大規模言語モデル)をチューニングし、さらに用語集といわれる辞書機能を搭載しています。例えば「クラウン」という車の製品名を単なる英単語と認識して翻訳してしまうと分かりづらい文章になってしまいますが、個別の製品名であることを独自の方法で検知し辞書化することでスムーズな翻訳を実現しています。
国内でリセールモデルを確立
――販売戦略の方向性をお尋ねします。
2025年2月にエクセルソフトと販売代理店契約、同年9月にマクニカとディストリビューター契約を締結し、本格的にパートナー販売を開始しました。これから間接販売の比率を高めたいです。グローバルでも1年ほど前にパートナーチームができたばかりで、パートナービジネスに本格的に着手し始めたタイミングです。日本はパートナーによる販売でインパクトが出せる市場です。リセールモデルの確立という意味で、日本が先行して取り組んでいく市場になると考えています。
単純なライセンス再販でも、言語問題に困っているお客様にとっては価値があるかもしれませんが、それだけでは、パートナーにとって”うまみ”がありません。当社製品にパートナーのソリューションを組み合わせて付加価値を高める取り組みを強化します。
――日本ではどのような企業で導入されていますか。
DeepL Voiceは、NECに全社導入していただきました。海外売り上げの比率を高めたいという方針の中で、英語圏だけでなくアジアでもビジネスを拡大するとなると、多言語に対応できる当社のソリューションがニーズに合致したのでしょう。旅行会社の導入事例では、海外から日本に訪れる大勢の旅行客に対して、多言語でプランを用意する用途で活用いただいています。
問い合わせが多いのは製造業ですが、教育現場などでもニーズは高いとみています。業界・業種を問わず、皆さん言語に悩んでいます。全方位的にあらゆる業種にソリューションの価値をお届けしたいです。そのためにパートナーの力を借りて、全国に展開していきます。
――アジア太平洋地域全体を管掌する立場として、ご自身の役割をどう考えますか。
アジアの現地法人は現状日本のみです。もともとBtoCで広がったソリューションであり、ユーザーはあらゆる国にいます。無料ユーザー、有料ユーザーの増え方などを分析し、欧州に次いで2番目の売り上げ規模があり、さらなる伸びが期待できる日本に拠点を置きました。日本のニーズが圧倒的に高いので、そこを深堀りします。韓国やインドなども非常にポテンシャルが高い市場だと考えており、日本からアジア全体で販売を拡大していきます。
私はこれまで複数の外資IT企業が日本でビジネスを拡大するフェーズに携わりました。今、求められている役割は、3年先を見据えて最短で成長するようけん引することだと受け止めています。日本法人のメンバーは言語に対する情熱がある人が多いので、やりたいことをどんどん提案してもらい、言語を通じてより多くの価値を届けられるようにしたいです。
――今後の目標をお聞かせください。
会社から求められている数字を達成するのはもちろんですが、やはり日本の成長に貢献したいという思いが強いです。本当にユニークで、いいものをたくさん持っている国が日本です。ただ、言語が弱いだけで、できることがかなり制限されていると感じます。それをテクノロジーでサポートできる世の中になりました。企業は臆せず海外に飛び出してビジネスに挑戦し、もっと豊かな国にしてほしい。そのためのサポートをしていきたいです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
近年、国内のスタートアップから顧問や社外取締役を引き受けてほしいというオファーを多く受け、15社に協力している。根底には「日本の成長ために」との思いがある。
「ずっと英語がコンプレックスだった」と明かす。「克服しないと一生後悔する」との思いで新卒で入った会社を30歳直前で辞め、オーストラリアでワーキングホリデーを経験し、ハワイのビジネススクールに入って本気で英語と向き合った。「今でも英語は苦手。伝えきれない思いは、テクノロジーの力を借りればいい」と笑う。
ビジネスパーソンとして「人生の長い時間を費やす仕事は、楽しまないと」とのポリシーを持つ。国内企業から言語の壁をなくす取り組みにおいて、その過程自体も楽しみながらコミュニケーションのバリアを取り払い、日本の成長に貢献する。
プロフィール
高山清光
(たかやま きよみつ)
青山学院大学卒業。1999年、新卒で日本ユニシス(現BIPROGY)に入社し、自動車業界の営業を担当。米Omniture(オムニチュア、現Adobe=アドビ)、米Cloudera(クラウデラ)、米Box(ボックス)の日本法人立ち上げを経験、チャネルパートナーの責任者などを歴任。2020年、ペンド・ジャパンのカントリーマネージャーに就任。23年、ジョーシスに入社し、日本統括上級副社長JapanCRO。25年4月から現職。
会社紹介
【DeepL Japan】独DeepL(ディープエル)は2017年設立。AI翻訳ソリューションを展開し、グローバルで20万以上の企業に導入され、個人ユーザーは数百万人。36の言語に対応している。23年に日本にDeepL Japanを開設し、アジア全体のビジネスを推進している。