ファイル転送市場は、今、大きな変革期を迎えようとしている。グローバル規模で活用が進むクラウド間のデータ連携や、事業継続(BCP)や災害復旧(DR)への対応策として、遠隔地へのデータ転送のニーズが拡大。従来の企業ネットワークのなかに閉じた用途だけでなく、よりグローバルで、より高速な転送速度が求められている。主要ベンダーは、独自の通信プロトコルの開発やジョブ管理連携などの取り組みを進めている。(文/安藤章司)
figure 1 「市場規模」を読む
2ケタ増で成長する国内のファイル転送市場
国内ファイル転送市場は、老舗のセゾン情報システムズの「HULFT(ハルフト)」シリーズが40%近いシェアを占め、NRIセキュアテクノロジーズがそれに続く。ファイル転送市場を調査した調査会社のアイ・ティ・アールは、2010年度の出荷金額は前年度比10.7%増の58億円、2011年度は12.8%増と増加傾向にあるとみている。これまでのようにファイルを電子メールに添付したり、ディスクにコピーして宅配便で送るといった古典的な方式ではなく、専用のファイル転送システムを活用する動きが活発化していることが成長の背景にある。さらに、今後のファイル転送市場を展望すると、まずは企業活動のグローバル化で、国境を越えた大容量データのやりとりが拡大していること。もう一つ、とくに日本国内で東日本大震災以降の事業継続計画(BCP)や災害復旧(DR)へのニーズが高まったことが挙げられる。こうした状況にあって、ファイル転送を取り巻く市場環境は大きく様変わりしようとしている。
国内ファイル転送市場ベンダー別シェア
(2010年度、出荷金額ベース)
figure 2 「ポジション」を読む
超高速転送用のプロトコル開発が進む
ファイル転送は、大別して二つの軸で捉えられていた。「宅ふぁいる便」のように個人でも使える小口のファイル転送サービスと、企業の大規模な業務システムに組み込むかたちで使う「HULFT」のようなアプリケーションだ。しかし、ここにきて超高速で大容量のファイルを転送できる“Extreme File Transfer”に対するニーズが高まっている。古くからあるファイル転送プロトコル“FTP(File Transfer Protocol)”に比べて、例えばSkeedの「SkeedSilverBullet」の場合、最大で30倍の転送速度を誇る。転送速度の速さが求められるようになった要因としては、企業活動のグローバル化やBCP、DRのニーズ拡大が挙げられる。国際回線はどうしても通信ネットワーク帯域が限られ、BCP、DRも遠隔地へ大量のデータ転送を必要とする。広い帯域を確保しようとすれば、それだけ通信事業者へ支払うコストが増えるので、限られた帯域を最大限有効に使うプロトコル技術の開発が活発化している。
ファイル転送ベンダーのポジショニング
figure 3 「技術」を読む
UDP領域を活用し、IP上で高速転送を実現
技術的な側面からみると、Extreme File Transferと呼ばれる超高速ファイル転送技術は、UDP(User Datagram Protocol)上に開発されているケースが多くを占める。UDPは、ウェブ閲覧やファイル転送用に使われているHTTPやFTPよりも下のレイヤーに位置し、IP(Internet Protocol)レイヤー上に実装される(下図参照)。IPを活用することで、世界中に行き届いているインターネット回線を使えるとともに、Skeedの「SkeedSilverBullet」や富士通の「BI.DAN-GUN(ビーアイドットダンガン)」のように高速ファイル転送に最適化した独自のプロトコルを開発して機能を拡張することもできる。
UDP領域の活用で有名なのが、インターネット電話サービスのSkypeや、動画投稿サービスのYouTubeだ。いずれも限られた通信ネットワーク帯域を効率よく活用し、遅延を最小限に抑える技術を開発。ファイル転送はUDP領域をうまく活用し、例えば、クラウドコンピューティングの拠点となるデータセンター(DC)間のファイル転送を高速化したり、BCPやDRの作業時間を大幅に短縮するなどの役割を担う。とりわけ、遅延の発生率が高い国際間の遠距離のファイル転送の高速化に効果を発揮することが期待されている。
TCP4階層でみるプロトコルの位置づけ
figure 4 「売り方」を読む
SIerやISVが実装を担うケースが増える
ユーザー企業の業務と密接に関わるファイル転送ツールだけに、売り方はユーザー先にある既存の業務システムといかに親和性を高めるかを重視する傾向が強い。セゾン情報システムズは2011年8月、ジョブフロー管理を実装した「iDIVO(アイディーボ)」を投入。従来のHULFTプロトコルだけでなく、データの変換や蓄積、ジョブフロー管理といったファイル転送に関わる機能をブロック単位で組み合わせて使えるスイート製品だ。HULFTプロトコル単体でも従来通り販売するものの、顧客の周辺ニーズを幅広く採り入れることでトップシェアのポジションをより揺るぎないものにすることが狙って発売した。
転送速度の速さを強みとするSkeedは、11月1日に販売パートナー向けの支援プログラムを発表した。営業や技術的な支援を体系的に行うもので、SIerやISV(独立系ソフトベンダー)を多く取り込むことで、自らが強みとする高速転送プロトコルの普及促進を図る。SIerやISVは、既存のジョブ管理システムなどと組み合わせて、ユーザー企業の業務システムにファイル転送モジュールを実装。本来の目的であるグローバルなクラウド間データ連携や、BCP、DRに役立てることで、自らのビジネス拡大を見込んでいる。
セゾン情報システムズの「iDIVO」の構成