●「ひるむ」顧客は1社もない 
KCCS上海法人
中井一夫
総経理 中国に進出する多くの日系SIerにとって、目下、収益の基盤になっているのが、同じく中国に進出する日系ユーザー企業向けのビジネスである。日中の政治摩擦が起きてからも、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)上海法人の中井一夫総経理によれば、「日系ユーザー企業向けビジネスは底堅く推移している」状況にある。KCCS上海の昨年度(2012年12月期)の売り上げは前年度比約40%増、三菱商事と野村総合研究所(NRI)の合弁会社のiVision(上海菱威深信息技術)上海は約30%増、TIS上海は40%強増と、日系企業向けのビジネスがけん引役となり、それぞれ業績を大きく伸ばしている。

iVisionの松下隆一副総経理(左)と、上海海隆軟件の包叔平董事長 この背景には、大手日系ユーザー企業が中国でのITを含む設備投資を継続、あるいは拡大させていることが挙げられる。反日デモが中国全国で巻き起こって衝撃を受けたというiVisionの松下・一副総経理だが、半年たってみて「一過性の出来事でひるむような会社は、当社の顧客リストには1社もないことを確信した」と話す。iVisionやNRIをはじめとする日系主要SIerなどおよそ20社のビジネスパートナーである上海海隆軟件の包叔平董事長は、「これまで日本や海外向けの製造拠点が多かったが、近年は中国国内市場に向けた製造・販売拠点へと役割が変わってきたことが、中国でのIT投資が増えている要因の一つ」と指摘する。
日系企業マーケットというと、かつては日本で使っている生産管理システムのロールアウト(横展開)というイメージが強いが、それは昔の話。中国市場向けのビジネスが大きくなるにしたがって、「現地化が急ピッチで進んで、中国地場企業とほとんど変わらなくなってきている」(日系SIer幹部)ことや、人件費の高騰を受けてIT化による採算性の改善を進めている。あるいは上海海隆の包董事長が指摘するように、以前は日本や海外を向いて仕事をしていた日系企業も、今は中国市場や顧客のほうを向いて仕事をするようになってきた。中国独自の商慣習に対応するために、地場市場や顧客に最適化したシステムのつくり込みに熱心なユーザーが増えている。
●重視せざるを得ない日系市場 
TIS上海
小川真司
総経理 ITホールディングスグループのTIS上海法人も、日系企業市場へ大きく舵を切ったことが奏効して、昨年度(12年12月期)は前年度比40%余り売り上げを伸ばした。TISグループはクレジットカードをはじめ金融分野に強みをもつSIerで、中国でも多様化する金融サービスのニーズの取り込みに努めてきた。だが、日系金融機関の案件も増えていることから、2012年1月、地場金融顧客向けの経営リソースを日系の仕事に振り分けることを決断。TIS上海の小川総経理は、「日系金融機関の案件を着実に獲得したことが売り上げ増に大きく貢献した。地場の金融機関向けビジネスは、日系案件をこなして中国での実績とノウハウを積み上げてからでも遅くはない」と話す。
外資系企業のSIやITアウトソーシングを得意とする地場有力SIerの上海日聯計算機技術発展も、中国に進出する日系企業のIT投資を注意深くみている1社だ。同社のマネジメントチームの多くは、NECやIBM、富士通など外資系ベンダーでキャリアを積んでおり、「日系や欧米系のユーザー企業が、中国で何を必要としているのか当社はよく理解している」(李守仁副総経理)と胸を張る。

右からJBグループ上海法人の森浩二総経理、上海日聯計算機技術発展の李守仁副総経理、黄君セールスディレクター この上海日聯がビジネスパートナーとして選んだのは、日系企業に太いパイプをもつJBCCホールディングス(JBグループ)である。JBグループは日本IBMのトップソリューションプロバイダであり、「多くの日系IBMユーザーの顧客層をもつ」(上海日聯の黄君セールスディレクター)ことが、上海日聯にとっての最大の魅力だ。JBグループにとっても「日中双方の業務や商慣習を熟知している上海日聯から学ぶところは多い」(JBグループ上海法人の森浩二総経理)と、対等な戦略パートナーシップを組むことで双方のビジネス拡大につなげる構えだ。
●パートナーとの信頼を厚く 
セゾン情報システムズ
上海法人
高屋敷国弘
総経理 セゾン情報システムズは、主力の自社開発パッケージソフト「HULFT」シリーズの中国での販売を2012年に本格的に開始した。
「HULFT」は、すぐれたファイル転送機能をもつことで有名なパッケージソフトで、日本国内を中心に7000社近い納入実績がある定番ソフトだ。中国のIT活用度が高まるに従って、異なるシステム間や拠点間のデータ連携ニーズが高まっていることを受けての中国展開だが、本格的に事業が立ち上がりつつあった矢先に日中政治摩擦が発生。「中国での年度末に相当する第4四半期(10~12月期)は一部で不買運動の逆風にされされた」(セゾン情報システムズ上海法人の高屋敷国弘総経理)と振り返る。
それでも、この1年ほどの間に、中国大手SIerの東軟集団(Neusoft)や北京瑞友科技、日系ユーザー企業向けの販売チャネルとしてTIS上海など12社ほどの有力販売パートナーを獲得することができた。パッケージソフトを販売するにあたって最も気を配ったのは「販売代理店との信頼関係の構築」(同)といい、中国全国に足を運んで代理店に「HULFT」のよさを伝えて回った。「HULFT」はオフショア開発の一環として中国で開発を請け負ってきた経緯もあり、こうした意味では地元「中国製造」である。中国のユーザーに受け入れられやすいよう手を加えつつ、「早い段階で日本でのHULFT事業の売り上げを超えてみせる」(同)と鼻息が荒い。

インフォテリア
上海法人
山崎将良
総経理 ソフト開発のインフォテリアも、政治摩擦が続く2012年11月、上海に販売会社を設立。主力商材の一つでタブレット端末を活用したプレゼンテーションソフト「Handbook」の中国での販売に力を入れる。インフォテリア上海法人の山崎将良総経理は「販売パートナーと二人三脚でのビジネス展開は日本でのノウハウの蓄積がある」と、中国でもこうしたチャネル販売を軸に地場市場への拡販の意欲を示す。
同社は「Handbook」事業で、2011年、中国大手SIer東軟集団(Neusoft)グループ大連東軟教育服務と販売パートナー契約を結んだのをきっかけとして、香港のDMXテクノロジーズグループやNTTドコモ中国法人などと相次いでOEM(相手先ブランドでの供給)や販売代理のチャネル開拓を進めている。
中国は地場のビジネスパートナーや、地元政府当局の協力や理解なしでは、うまくいくものもうまくいかなくなる市場なので、相互の信頼関係こそが命綱といえよう。
日中双方の努力が欠かせない
──信頼と力量で苦難を乗り越える
セゾン情報システムズの「HULFT」、インフォテリアの「Handbook」ともに、逆風下でも中国市場への進出拡大に向けて果敢に挑戦している。セゾン情報システムズ上海法人の高屋敷国弘総経理は「郷には入れば郷に従え。例えば中国東北地区は、お酒を呑まなければ何も始まらない土地柄。代理店との酒席には喜んで参加させてもらった」と、アルコール度数52度の白酒をあおって何度も倒れそうになったが、こうした地道な交流が底支えして中国での販売チャネルの構築に一定のメドをつけることができた。多くの日系ユーザー企業を顧客に抱えるiVisionの松下隆一副総経理は、「顧客の間でピリピリムードだったのは初めの数か月だけで、その後は急速にビジネスが回復している」と、突発的に起きた衝突だったが、その分、回復も早いとみている。今後も摩擦が懸念される日中関係だが、日中双方の有志の信頼と力量によって乗り越えていくことが求められている。