日本IBM(マーティン・イェッター社長)は、九州を中心とする西日本のIT市場を開拓するために、経営陣が自ら“どぶ板営業”を行って、ユーザー企業や販売パートナーとの関係づくりに力を入れている。2012年7月に西日本支社を立ち上げて、地元で経営判断できる事業体制を築いてから2年。医療領域を中心に、同社の西日本ビジネスは伸び始めているが、これからは本格的な拡大のフェーズに入る。日本IBMは今後、西日本地域を細分化し、業種特化型のアプリケーション開発を手がける企業と組んで、エリアごとの販売網を構築。景気が回復し、注目を浴びている九州市場の開拓によって、売り上げの伸びに結びつける。(ゼンフ ミシャ)
九州の「ホットな市場」に食い込む
肝心の3年目、本格的な拡大へ
6月3日の夜、福岡空港。日本IBM専務執行役員ソフトウェア事業本部長のヴィヴェック・マハジャン氏は、疲れがにじむ顔で羽田行きのJAL便に乗り、席に座ると、イヤホンをつけて目を閉じた。同社はこの日、九州の有力企業の経営者を対象とする「IBM Leaders Forum 2014」を福岡市内のホテルで開催した。マハジャン氏をはじめ、計14人の役員を動員してイベントに参加させ、懇親会の場などを利用して、トップレベルで地元キーマンとの関係づくりに取り組んだ。

「御社のビジネスをお手伝いさせていただきたい」。6月3日、日本IBMが福岡で開催した「IBM Leaders Forum 2014」で、下野雅承・取締役副社長執行役員が地元企業の経営者たちにお願いした。日本IBMは、合計14人の役員をイベントに参加させ、九州市場を開拓する本気度をアピールした◆ ◆

日本IBM
岡崎高
西日本支社長 生産や個人消費、雇用などが持ち直し、景気が回復するにつれて、市場としての魅力が再認識されつつある九州。「独立した経済圏のすべてを市場と捉え、シェアを獲得する」ことを方針に掲げる日本IBMは、このところ、九州での事業活動に弾みをつけている。
2012年7月、マーティン・イェッター社長の指示で設立された西日本支社の岡崎高支社長は、箱崎の役員たちに負けることなく、“どぶ板営業”に力を注いで、博多駅前のオフィスには週に二日しかいない。西日本支社は岡山以西の中国、四国、九州、沖縄の計17県をビジネス領域として担当している。岡崎支社長は、足しげく各地に通い、ユーザー企業や販売パートナーを訪問して、「地域の政財界のトップとのパイプを太くする」ことに時間と労力を惜しまない。
このように、役員たちや岡崎支社長が積極的に動いているということは、かけた人件費やもろもろの費用を回収する見込みが日本IBMにはあることを示す。それと同時に、イェッター社長が拍車をかけている西日本ビジネスの拡大ぶりには、まだ改善の余地があることも示唆する。岡崎支社長は、「大きな病院に当社ソリューションを納入するなど、支社の業績は顕著に伸びている」と語るが、売り上げの数字は明らかにしていない。日本IBMの2013年12月期の総売上高は8804億円と、前年同期比でおよそ300億円の伸びをみせた。成長には「まさに(西日本などでの)地域ビジネスが貢献している」(日本IBM広報部)という。
西日本支社のビジネス展開はこの7月から3年目に入る。これからの1年間は、イェッター社長が日本IBMの社長に就任する前に、米国本社で策定に携わった2015年までの「成長イニシアチブ」の最終年。そろそろ勝負を決めなければいけない時期だ。そんな情勢下で、西日本支社は提案活動の動きを加速して、販売体制へのテコ入れに取り組んでいく。
●「アプリはパートナーに任せる」 九州で有望な市場になりつつあるのは、医療の分野だ。九州経済産業局の廣實郁郎局長は、「人間をより健康にする医療サービスの提供に注力する」ことを方針に掲げ、経済成長とともに健康意識が高まっているアジアの富裕層をターゲットに、治療のために九州を訪れる医療観光の立ち上げに動こうとしている。
地理的にソウルや台北、上海など、アジアの主要都市に近い九州は、「アジア度」が高いことを強みとしている。2012年、九州に入国した外国人は106万人。韓国、台湾、中国という順位で、アジアからの入国者が9割以上を占める(九州経済産業局調査)。全国比率の77%を大きく上回る。九州企業の海外進出も活発で、そのうち、アジアに進出している企業は80%以上(同)。九州とアジアとの関係が密になりつつあるのは、グローバルに通用するシステムを提供するITベンダーにとっての商機につながる。
日本IBMの岡崎支社長は、「医療など、特定の分野に特化したアプリケーションを開発する企業を当社の独自パートナーとして獲得し、九州のユーザー企業の海外とのやり取りを支援したい」と述べる。米IBMは、2013年7月、IaaS(クラウドのインフラ)を提供するSoftLayerの買収を完了した。SoftLayerを開発環境として、アプリケーション開発ベンダーとのエコシステムづくりに取り組んでいる。岡崎支社長は、「日本IBMとしてハードを提供し、アプリケーションはパートナーに任せるというモデルに、思い切ってシフトしている」として、九州地場のソフトウェア開発会社に対し、SoftLayerの訴求活動を急ピッチで進めているところだ。
●エリア戦略を明確に定める 今後は、西日本支社が担当する17県を細分化し、より細かいエリア戦略の策定を急ぐ。「エリアごとと、医療や製造、通販、小売りなどインダストリーごとに販売網を構築し、お客様のニーズに的確に対応したソリューションの提供によって、市場開拓を図る」(岡崎支社長)という。
日本IBMが動きを加速し、九州を中心とする西日本で接近しようとしているのは、あくまで「有力企業」(岡崎支社長)。日本IBMの販社である某システムインテグレータ(SIer)の関係者は、「日本IBMは地方で、大手企業にフォーカスしている。一般消費者にたとえるなら、百貨店で買い物する裕福な人だけをお客様と捉え、スーパーを利用する普通の人はお客様として視野に入れていない」との見方を明かす。
あえて地域に着眼し、経営陣自らが泥臭い営業活動に取り組む日本IBM。その裏には、GDPで世界22位のスウェーデンに匹敵する九州の最も力のある企業を獲得し、大口案件を受注するという“賢い”戦略がある。