クルマの買い取り事業でビジネスをスタートしたガリバーインターナショナル(ガリバー)。それまであいまいだったクルマの買い取り価格で、全国均一価格の提示を実現したことによって、中古車買い取り市場に流通革命を起こした。中古車販売でも、価格の理由を示すことで消費者の信頼を獲得する。ガリバーが実現してきた先進的な取り組みは、常に情報システムに支えられてきた。そのガリバーは今、すべての情報システムを「AWS(Amazon Web Services)」に移行しようとしている。
【今回の事例内容】
<導入企業> ガリバーインターナショナル
1994年10月、「車買取専門店」としてスタート。価格設定があいまいだった中古車市場で、全国均一価格を顧客に提示するという流通革命を起こし、急成長を遂げた。現在は、自動車買い取りのほか、販売や自動車流通に関わる事業を展開している
<課題>
店舗で利用する買い取り査定などのシステムが、年度末の繁忙期にレスポンスが悪化することがあり、運用担当がメモリ増設などの急場しのぎの対応をしていた
<対策>
新システムを構築するにあたって、AWSのクラウドサービスをテスト採用した
<効果>
拡張が容易なので、繁忙期に対応しやすい。セキュリティの問題もなく、DCよりも運用がしやすいことから、すべてのシステムをAWSに移行する予定
<今回の事例から学ぶポイント>
初めてクラウドを採用するときは、経験やノウハウの不足を補うために、スモールスタートができる新たなシステムを構築することで精神的な負担を軽減でき、成功しやすい
全国に3か所あるWOW!TOWNの大宮店。
「クルマ選びのテーマパーク」がコンセプトだきっかけは新規システムの構築

ガリバーインターナショナル
ITチーム 月島 学 氏 ガリバーのビジネスは、情報システムとともに歩んできた。全国均一の買い取り価格は、データを集中管理することによって実現した。中古車販売事業に参入するにあたっては、全国の店舗が保有するクルマを中古車販売システムの画面上で確認できるようにした。どこにどのようなクルマがあるのか、傷や修復歴はどうか、そしてガリバースタッフによる査定情報などを、このシステムで提供する。タッチパネル式の端末を採用し、販売店のほか、ショッピングセンターにも設置するなど、販路の拡大に貢献している。
ガリバーは、2011年、新たに「クルマ選びのテーマパーク」をコンセプトにした大型中古車展示場「WOW!TOWN(ワオタウン)」を展開するにあたって、来場客向けのサービスを提供する新規システムの構築に取り組んだ。
まず、WOW!TOWNの来場者が、渡されたiPad miniで、好きなクルマや今探しているクルマのタイプ、利用シーンなどのアンケートに答える。次に、展示しているクルマを見て回り、気に入ったクルマがあったら、掲示されているQRコードをiPad miniで読み取る。ちなみに、クルマには価格を表示していない。来場客が本当に好きなクルマを知ってもらうために、価格といういわば雑念を取り払うことが目的だ。展示車を見終わったら、最初のアンケートで答えた内容と、実際に選んだクルマとを比較し、ベストなクルマを提案する。ここで、価格も表示する。
このように、新規システムでは、来場客のクルマ選びをサポートすることが求められた。
試験的にクラウドを採用
ガリバーは、WOW!TOWNの来場客向けシステムを構築するにあたって、パブリッククラウドの採用を検討した。それまではすべてのシステムをデータセンター(DC)に置いたサーバー上に構築し、運用していた。そこではプライベートクラウド環境も使っていたが、パブリッククラウドを採用したことはなかった。
「端的にいえば、テストの要素が強い」とITチームの月島学氏は語る。新しいシステムでは、新しいことに挑戦しやすい。既存システムの改修だと、セキュリティ対策の確認や稼働確認だけでも大変な作業になる。また、オンプレミス環境を使い続けることへの不安から、パブリッククラウドを採用するべきというムードも社内にあった。「新しいことをやらないと、新しい発見がない」と、月島氏もノウハウを蓄積したいとの思いから、パブリッククラウドの採用には積極的だった。
スピードが重要視される社風も、パブリッククラウドの採用を後押しした。初期費用が不要で、物理サーバーを準備するのと違い、すぐにサーバー環境を用意できる。スモールスタートができて、拡張がしやすいパブリッククラウドは最適だった。

WOW!TOWNで利用されているiPad mini。これを持ってクルマを見て回る
事前のアンケートと展示車を見て回った結果はPCに表示されるAWSが長年の課題を解消
パブリッククラウドを検討していくなかで、ガリバーが採用を決めたのは、AWSだった。その理由を、月島氏は「AWSは、申し込みから運用まで、ウェブで完結する。当時、他社のクラウドは、申込書に記入して郵送する必要があった。しかし、それでは『スピード』というクラウドのメリットがなくなってしまう。課金についても、AWSは時間単位で、他社は1日単位や月単位だった。なかにはインテグレータの活用が条件のクラウドもあって、むしろ時間のロスが懸念されるほどだった」と説明する。ガリバーの求めるスピードや自由度という点で、AWSは他を圧倒していたのだ。
WOW!TOWNの来場客向けシステムは、こうしてアジャイル開発のように現場のニーズを汲みながらトライ&エラーで構築していった。AWSは問題なく導入でき、構築が進むシステムに合わせて最適なスケールで「Amazon Elastic Compute Cloud(EC2)」や「Amazon Simple Storage Service(S3)」「Amazon Relational Database Service(RDS)」を調達していった。月島氏は「オンプレミスのときは、インフラの設計や調達がボトルネックになっていた。購入後も資産となるので、どう使いこなすかが大きな課題だったが、AWSによって解消した」と語る。
ガリバーは、WOW!TOWNの来場客向けシステムと同時進行していたiPad miniを活用する新規の店舗向けシステムの構築にも、AWSを採用。ここでは、長年の課題だった繁忙期対応が容易になるという成果があった。「店舗で使うシステムには、年度末の繁忙期に大きな負荷がかかる。消費増税があった2月から3月も、対応が大変だった。処理が重くなった場合は、ITチームのメンバーがDCに行って、メモリを増設するなどの作業をしていた」と、月島氏はAWS導入前の状態を語る。古いサーバーの場合、メモリの調達に苦労することもあったという。メモリ増設などは、深夜や週末の作業になるので、その間に本来やるべき作業がストップするという機会損失にもなっていた。これに対して、AWSはスケーラビリティが高く、ITチームのメンバーが直接作業をする必要がない。新システムのスケールアウト作業は1時間程度で終了し、繁忙期に問題なく対応できた。
また、AWSを採用するにあたっては、ドル払いのクレジットカード決済が障害になることがあるが、ガリバーはコーポレートカードによる決済で問題なく承認されたという。また、クラウドではコスト削減が期待されがちだが、DCを使う場合と大きな差はないとのこと。月島氏は、「コスト以上のメリットがAWSにはある」と力を込める。
海外展開にもAWSが有効
当初は試験的に使う予定だったAWSだが、想定以上の効果が得られたことから、ガリバーは2014年度中にすべてのシステムをAWSに移行させる計画だ。「店舗が関係するシステムは、繁忙期や閑散期があるので、スケールしやすいことのメリットは大きい」(月島氏)ことから、まずは店舗関連のシステムをAWSへ移行させる計画だ。
一方、本部の会計処理などの基幹システムは、店舗関連システムほど処理負荷に変動はない。その点ではAWSのメリットを得られないが、月島氏は別の視点で移行の必要を感じている。「サーバーはどうしても古くなる。買い替えの時期が来るたびに、設計から考えなければならない。時間がかかるし、資産管理も必要だ。AWSを採用してもシステムのライフサイクルは変わらないが、DCやサーバーという物理的な制限から解放されることのメリットは大きい」。
ガリバーは、東アジアを中心に海外展開を進め、現在はタイでの展開に力を入れている。月島氏は、「AWSは、海外のリージョンとの連携がしやすい。シンガポールリージョンを使ってみたが、まったく問題なく連携できた。BCP(事業継続計画)の環境も用意しやすい。しかも、日本で設定できるので、展開が本当にスムーズになった」と、AWSのメリットを語る。
クラウドでよく課題として挙がるセキュリティも、「さまざまなサービスが用意されているので、むしろDCよりも安全」と月島氏は評価している。
AWSにさまざまなメリットを感じている月島氏だが、不満点として「Microsoft SQL Serverのサポートが弱い」ことを挙げる。「日本では数多くのWindows Serverが稼働しているので、同じ不満を感じているユーザーは多いのではないか」と月島氏。エンタープライズ分野での採用が増えてきているAWSだけに、今後の対応が期待されるところだ。(畔上文昭)