米ヒューレット・パッカード(HP)が、分社化に踏み切った。2015年度(15年10月期)末をめどに、法人向けのハードやソフト、サービスを専門に取り扱う会社と、パソコン・プリンタ事業を担当する会社を設立。前者は、現HPのCEOであるメグ・ホイットマン氏が経営トップを務め、米IBMに真っ向から対抗するための体制をつくる。グローバルでIT市場を率いるHPとIBMの競争が、新たなステージに入るのは必至。日本のシステムインテグレータ(SIer)は迅速に両社の動きを把握し、対応に取り組む必要がありそうだ。(ゼンフ ミシャ)

HPはカリフォルニア州のガレージで誕生した(写真はイメージ)16年度に新体制が始動
HPは、1939年、現在のシリコンバレーの中核地であるカリフォルニア州パロアルトの小さなガレージで創業した。パソコンやプリンタなどのハード事業を売却し、法人向けのITサービス事業に力を入れるIBMとは対照的に、HPは売上規模が大きいパソコン・プリンタ事業を維持し続けて、2006年に世界一位のIT企業に上り詰めた。しかし、スマートフォンの普及やコンシューマ向け製品の低価格化が進む状況にあって、パソコン・プリンタ事業では利益の捻出が難しくなった。そこで今回、それぞれ「法人向けに特化したハード・ソフト会社」と「パソコン・プリンタ会社」を立ち上げることにした。その実質は、パソコン・プリンタという足かせをなくし、法人向け事業を伸ばすための決断とみることができる。
分社化は、2015年度(15年10月期)末をめどに完了を目指す。16年度からは、ハード/ソフトやサービスを企業に提供する「Hewlett-Packard Enterprise」と、パソコン・プリンタを手がける「HP Inc.」が始動し、「二つのHP」で事業を展開していく。分社化は全世界で行い、日本HPも対象になるという見方が有力だが、詳細は今のところ未定だ。日本HPの現場は「分社化の話を聞いて、びっくりしている」と、驚きを隠さない。しかし、HPは2011年にも、パソコン事業の分離計画を明らかにした経緯がある。当時は投資家などの反発で断念したが、パソコン・プリンタを何らかのかたちで切り離し、法人向けに集中できる体制をつくるのは、時間の問題だったといえるだろう。今回は、「HP Inc.」が受け皿として既存のブランドでパソコン・プリンタの提供を続けることもあって、投資家は満足している模様だ。10月6日に分社化が発表された後、HPの株価はやや下がったが、大きな落ち込みはなかった。
IBMの“好敵手”を目指す
HPのホイットマンCEOは、パソコン・プリンタ会社の最高経営責任者を、現在も同事業を率いるディオン・ワイズラー・エグゼクティブバイスプレジデントに任せ、自らは法人向け新会社のCEOに就く予定。この人事からも、HPが最優先で法人向けビジネスの拡大に取り組むことがわかる。2011年に就任したホイットマンCEOは、シリコンバレーに深く根づいているやり手の経営者だ。10年間にわたって、インターネットオークション事業を手がけるeBayのCEOを務め、同社をベンチャー企業からグローバル大手に成長させたという実績をもっている。ホイットマンCEOは今後、クラウド基盤を構築するためのソフトなど、近年、買収した企業の技術を生かして、IBMの“好敵手”として、エンタープライズ市場の開拓に力を注ぐ。
一方のIBMも、自社の変革に取り組んでいる。このほど、コモディティ化したx86サーバー事業のレノボへの売却が完了し、高付加価値ソリューションの展開に向けて、本格的な転換に乗り出している。12年に就任したバージニア・ロメッティCEOは、HPのホイットマンCEOとは対照的な経歴をもつ人物だ。システムエンジニア(SE)として1981年にIBMへ入社し、デトロイト事業所で自動車メーカー向けITの開発に携わった。開発現場をよく知っているプロパーのCEOとして、ロメッティ氏が力を入れているのは、人工知能を活用した高度技術の開発や、それらを企業ユーザーの“手元”に届けるための新しい販売チャネルの構築だ。
「クールな企業」と提携
今年1月、人工知能を活用したアプリケーションやサービスの開発を専門に手がける部門「IBM Watson Group」を新設した。10億米ドルを投じ、ITがまるで人間の脳のように働く「コグニティブ・コンピューティング」市場の開拓を本格化する。新部門は、ニューヨーク市の「シリコン・アレー(シリコン小径)」と呼ばれ、ITやゲーム、生物工学などの企業がひしめく地区にオフィスを構えている。IBMは、これらの企業と密に連携し、ITを新しい形態で活用したり、ユーザーに届けたりすることを加速して、従来型のハード/ソフトの提供からの脱却を目指す。
さらに、7月には、アップルとの協業を明らかにした。ロメッティCEOが、アップルのティム・クックCEOとの商談で調整力の手腕を振るって、提携にこぎ着けたとみられる。今後、IBMのビッグデータ解析機能などをiPhoneやiPadを通じて企業ユーザーに提供し、高度な技術を手軽に使うことができる環境を整える。アップルとの協業を皮切りに、米『フォーチュン』誌がいう「クールな企業」に接近して、新たなパートナーシップ構築に動く可能性が高い。
HPとIBMの取り組みを受け、米国のIT市場が活性化し、将来は、日本のSIerのビジネスにも影響を与える。ポイントは、クラウドやモバイルなどの構築力を磨き、HPとIBMの製品・販売戦略を“日本の現場”でかたちにするためのスキルを早めに身につけることだ。両社の大胆な動きが新たな商機を生み出すのは間違いない。