医薬品業界では、政府の後発(ジェネリック)医薬品推進策に伴い、ジェネリック医薬品メーカーの事業展開が活発化している。一方、大手先発医薬品メーカーは、2010年問題に直面し、後発医薬品市場への参入やMRの拡充、市販後調査、医薬品情報提供の強化などを推進。インターネット・モバイルを有効活用した販促活動も拡大している。この業界に営業支援システムの新たな需要が生まれているのだ。
医薬品業界
これまでの歩み
モバイルと後発医薬品市場の拡大  |
イーシステム 市村英彦氏 |
IDC Japanの笹原英司・ITスペンディング リサーチマネージャー 医薬学博士は、医薬品業界で営業支援におけるIT投資の促進要因として、インターネット・モバイルを利活用した医薬情報担当者(MR)の販促活動の推進と、ジェネリック医薬品市場拡大を挙げる。
「医薬品メーカーのMRと医療機関の接触期間が年々短くなるなかで、がんや糖尿病、脳卒中、心筋梗塞など、専門領域に特化したMRと、地域のかかりつけ医を対象とするプライマリーケア領域のMRに二極化する傾向が出てきている」。既存のブランド薬メーカーはブロックバスター(1剤で年商10億ドルを超える新薬)依存を見直し、専門医向けに付加価値の高い医薬品の開発に着手。外資系メーカーを中心に営業組織の再編が進んでおり、インターネット・モバイルを有効活用したマーケティング戦略が立てられている。
日本政府は、2012年までにジェネリック医薬品の数量シェア30%達成を目標に掲げ、ジェネリック推進の姿勢を打ち出してきた。こうしたなか、国内外のジェネリック医薬品メーカーの事業展開が活発化し、一方で既存の大手ブランド薬メーカーは主要医薬品の特許切れを迎え、新たな舵切りを迫られている。第一三共によるインド最大の製薬メーカーランバクシーの買収は、事業リスクの分散により複眼経営を目指す試みの一つだ。新興国市場への足がかりにするほか、売上高の増大やコスト競争力・研究開発力の強化などを図る狙いがある。営業支援の領域では、メーカー各社でMRの拡充や市販後調査、医薬品情報提供の強化による競争が本格化している。
パラダイムシフトが起きる 「新薬メーカーは、MRの情報武装に早くから取り組んできた」。医薬品業界向けCRMに強いイーシステムの市村英彦・常務取締役CRM事業部事業部長は、こう指摘する。ただ、マーケティングにうまく生かすことができていなかった、とつけ加える。市村部長は、CRMの辿った歴史を80年代と90年代、00年代の三つに分けて、次のように説明する。まず80年代は、製品が圧倒的な優位性をもっていた時代で、90年代に下っていくにしたがって、本業以外のメーカーが参入。既存メーカーの優位性が崩れてきた。この頃、小売・POS情報でトレンドを分析し、セグメントニーズを把握しようとする動きが現れた。00年代には、ユーザー個々の細分化されたニーズに対応していく新たな潮流が生まれた。
ブロックバスターの特許切れに伴う2010年問題は、「まさにこの流れに沿う動きだ」という。医薬品業界では、従来はブロックバスターが市場を席巻しており、「80年代と一緒」。特許切れが深刻化し、先発医薬品で優位性を見出しにくくなったのが90年代。「一周遅れてきた」わけである。「医薬品は流通革命が起きる」と指摘する市村部長。MR向けのSFAの仕組みは高度化していくと予想する。
フランスに本社を置き、現在80か国で医薬品業界に特化したCRMソリューションを展開しているセジデムデンドライトの川崎信也社長は、「医薬品メーカーのビジネスモデルは、Share Of Voice(SOV)から戦略的なアカウント管理アプローチに変わる」とみる。日本ヒューレットパッカードの柴田郁博・ヘルスケア事業本部医薬・ライフサイエンス担当シニアソリューションアーキテクトは、「CRMは昔はオールインワンで、MRが全員同じものを使っていた」と振り返る。その後、業務別にMRをチーム制で配置し、変化に柔軟に対応できる体制を構築している。そのほか、こんな意見もある。「売り上げ分析から専門分野に特化したMR支援に移行した」(笹原氏)。笹原氏は、人材育成も急務だと指摘する。米アップルが発表したiPadなど、タブレットPCを利用した販促活動も登場すると考えられる。
新薬と後発薬で異なるニーズ  |
日本HP 柴田郁博氏 |
既存のブランド薬メーカーは、「医師一辺倒」から病院内の職員に目を向けるようになっている。イーシステムの千根純一・CRM事業部CRM営業部シニアコンサルタントは、「MRは、院外処方の調剤薬局も訪問するようになっており、どのようなユーザーに情報発信できているのか精査していく必要がある」と話す。これを「人対人の関係」だと表現する。
一方、ジェネリック医薬品メーカーは、「人対施設」だという。医療機関の窓口に対してアプローチできる環境の構築を重要視。先発医薬品と同種同効薬のため、あまり説明を求められることはない、とMRの活動の相違点を明らかにする。安価なジェネリック医薬品を効率よく捌く仕組みが求められているのだ。
2008年4月からは、処方箋の書式が変更され、その病気に対して処方できるジェネリック医薬品がないなどの特別な事情がない限り、ジェネリック医薬品が処方されるようになった。こうした動きに対して、既存のブランド薬メーカーは、差異化するためにMRの強化や効率のよい情報提供を目指している。
近年は、「営業効率を高めるために中堅・中小医薬品メーカーや医療機器メーカーからの引き合いも増えてきた」(千根シニアコンサルタント)という。イーシステムの「Microsoft Dynamics CRM 医薬品・医療機器業界向けテンプレート」(Dynamics CRM)は、中堅・中小規模の既存のブランド薬メーカーのほか、ジェネリック医薬品メーカーにもフォーカスしており、同社ではMRの業務負荷を改善するシンプルなSFAが求められているとみている。前述の厚生労働省によるジェネリック推進策は追い風になる可能性がある。ルートセールスの簡易化とMR活動の効率化の二つが主眼になってくるとみている。
「ジェネリック医薬品業界は、まずは基幹系の整備が先決ではないか。フロント系はその後になるのでは」(SAPジャパンの先崎心智・インダストリー/ソリューション戦略本部製薬業界担当部長)という意見もある。メーカーの製品ラインアップは、M&Aなどで頻繁に変わる可能性がある。SAPジャパンは、エンタープライズSOAベースのアプリケーション開発環境「SAP NetWeaver」を介して、CRMの機能をウェブサービスで自由に組み合わせ、画面で自由に構築できるツールを揃える。
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