現地SIerは敵か味方か
日系SIerの戦略を検証 日系SIerが中国へ進出するにあたって、ライバルにもなり、よきビジネスパートナーにもなるのが中国地場の有力SIerである。彼らとどのような関係を構築すべきなのか、究極的に日系SIerが有利にビジネスを進めるためにはどうしたらいいのか。本稿では日系SIerのビジネス戦略を検証する。
中国有力SIerはユーザー系  |
TIS上海 井上覚 総経理 |
中国上位SIerをみると、ユーザー系SIerが多いことに気づく。中国ソフトウェア産業協会(CSIA)がまとめた2009年の中国ソフトウェア業務の売上高上位50社(図参照)によると、ソフトウェア開発のビジネス規模で1、2位を占めるのが通信機器の有力ベンダーである華為技術(ファーウェイ)と中興通訊。3位が日本の有力SIerのSJIと資本業務提携を行い、ITホールディングスなど日系トップSIerとも関係が深い神州数碼(デジタル・チャイナ)、続いて家電で有名な海爾(ハイアール)集団が名を連ねる。
日本でたとえるなら、通信系のNTTデータや、通信機器に強いNEC、富士通グループ、あるいはパナソニック電工インフォメーションシステムズ、もともと機器販売からスタートし、今はSIビジネスの拡大を急ぐデジタル・チャイナは、さしずめ伊藤忠テクノソリューションズか、住商情報システムあたりか。上位グループは、親会社を中心にすでにグローバルに進出しており、日本のITベンダーの手強いライバルになることは、ほぼ間違いない。
他の顔ぶれをみると、東芝ソリューションやNECと密接な協力関係にある中国大手SIerの東軟集団(ニューソフト)。東軟は今年10月、NECと大連に合弁会社を立ち上げ、データセンターを活用したクラウドサービスを始めている。中国大手ERPベンダーの用友軟件は、グループ傘下のSI会社がNTTデータと西安でつくった合弁会社を通じて協力関係にある。
大連華信計算機技術は、日本向けオフショアソフト開発で急成長したSIerで、日系ベンダーにはお馴染みのビジネスパートナーだ。
合弁が破たんのケースも 日中のSIer、ITベンダーは中国国内市場の拡大に伴い、急速に関係を深めている。しかし、いい話ばかりではない。ある日系有力SIerは、今年10月、中国大手ソフト開発ベンダーとの合弁会社解消に関する書類にサインした。中国側の経営トップは、「その日系SIerからノウハウを得られて、とても頼りになる」と好意的に話すが、もう一方の当事者である日系SIerのトップは「ノウハウを吸い取られるだけ」と不満をこぼす。
この背景には何があるのか。合弁会社は中国側が51%以上を出資しており、経営の主導権は向こうにある。日本側からの提供はソフト・サービスで、ハードウェアを伴うプロダクトではない。合弁会社が利益を上げれば、持ち分に応じて日本側も利益を得られるものの、それ以前にノウハウの流出が予想以上に大きく、日本側は嫌気がさしたという事情がある。日本側は、「せめてこちらに経営の主導権があれば、話は別だったのだが…」と悔しさを滲ませる。コピーされてしまうと取り返しがつかないソフト・サービスだけで勝負するSIerの弱点が露呈した形だ。
中国でのオフショアソフト開発がメインだった時代なら、一定規模の人員を常に自社用にリザーブしてもらえるよう、少ない割合で出資する方法も有効だっただろう。だが、時代は変わり、中国市場から売り上げを得る段階になると、自らリスクを負って経営を主体的に推し進める必要が出てきた。とりわけソフト・サービスが主力商材のSIerは、ノウハウ流出は死活問題になる。
地元人材の育成か、代理店か  |
サイオス北京 岩尾昌則 董事長 |
方策として有望視されているのが、世界大手SIerのアクセンチュア型のモデルだ。アクセンチュアは、IBMや富士通、NECなどと異なり、ハードウェアプロダクトをもたない。それでも世界でビジネスを拡大させられる原動力となっているのは、現地での徹底した人材育成だ。日本のアクセンチュアも程近智社長を筆頭に、プロパーが中枢を担っている。社内にノウハウを蓄積するには、世界各国で地元人材による自社社員を養成するしか方法はない。中国では、NTTデータやITホールディングス、野村総合研究所(NRI)などが、すでに実践している。少数株主としての合弁会社は、主にソフト開発の役割を担い、中国市場の開拓を推し進める主力部門の経営には自ら乗り出し、リスクを負うスタイルだ。
ITホールディングスの中核事業会社であるTIS中国上海現地法人の井上覚総経理は、「マーケットが急拡大しているのに、中国へ行かない理由はどこにもない」と、経営や人材採用、育成の主導権を保ち、正攻法で取り組む。
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システムインテグレータ 梅田弘之 社長 |
もう一つの方策は、パッケージソフトのプロダクトをベースとしたものだ。SIは行わず、代理店を通じてパッケージソフトを販売するスタイル。これならパッケージが不正にコピーされない限り、ノウハウは保全される。サイオステクノロジーとシステムインテグレータは、日本国内ではともに有力上場SIerだが、中国ではパッケージソフトプロダクトの展開をメインに位置づける。サイオスはクラスター(冗長化)ソフト「LifeKeeper」とバックアップソフト「DataKeeper」、システムインテグレータはデータベース開発支援ツール「SI Object Browser」やECサイト構築パッケージ「SI Web Shopping」を、中国市場向けに売り込む。
サイオスは、中国に進出してわずか1年で15社ほどとパートナー関係を構築した。「オープンソースソフトやクラウドなどのSIerとしての当社の強みはあるものの、まずはパッケージ販売から」(サイオスの中国現地法人の岩尾昌則董事長)と、優先順位をつける。梅田弘之社長が率いるシステムインテグレータは、上海のソフト開発会社の恒川系統軟件開発(恒川システム)に10%ほど出資し、中国での総代理店的なポジションを担ってもらう。「現地法人をつくって自らSIで乗り込むよりも、パッケージ販売を優先する」(梅田社長)と方針を語る。
世界進出への足がかり SIerの本分は、ITを活用して企業経営を革新させることにある。ITが弱いと、その国の企業の競争力は高まらない。中国からファーウェイやハイアールのようなグローバル規模で活躍する企業が出てきたのは、それだけITが強まっている証拠でもある。そこで注目すべきは、日本の製造業だ。精密機器や家電、自動車など、世界中に進出してきた。世界の最先端で闘うグローバル企業を支えるITシステムこそが、真に商品価値のあるソフト・サービスになり得る。言い換えれば、日本のグローバル企業を支えるITシステムやSIノウハウは、中国でも高い商品価値がある。
ところが、今の日本のSIerのなかに、どれだけ日本のグローバル企業のITを、世界規模で全面的に支援できているだろうか。最大手であって世界進出を積極化させるNTTデータでさえ、「ようやく世界で、IBMやアクセンチュアと並んで商談に加われるようになった」(NTTデータの榎本隆副社長)という段階。日系グローバル企業相手に商談を優位に進めるための差異化は、まだ道半ばだという。これが日本のSIerの弱点だ。
メーカーを中心として、日本の有力企業はグローバルで競争力を発揮するが、本来、こうした日系ユーザーを支えるべき日系SIerの足腰が弱い。この点を改めることができれば、中国のみならず、世界市場へ進出する足がかりがみえてくる。
Epilogue
宝の山と課題の山
自らのアドバンテージ生かせ
年率25%で成長する中国情報サービス市場。JISAの浜口友一会長は、「中国は日本の規模感の10倍で捉えるべき」と、10年後に100兆円へ拡大してもおかしくないとみる。西安の第14回日中情報サービス産業懇談会で、随行記者団から日系SIerは何%のシェア獲得を目標とすべきかと、浜口会長が詰め寄られた時の答えだった。仮に3%のシェアでも3兆円。伸び悩む日本の情報サービス業にとって、まさに宝の山である。
だが、浜口会長は「今、それを言う前に、やらなきゃならないことが山ほどある」と、“宝の山”より“課題の山”のほうが大きいと表情をこわばらせる。つまり、日本の情報サービス業界全体の課題として、日系グローバル企業のITサポートも満足にできないのに、海外でシェアを獲ろうなどとはおこがましい、というわけだ。
中国に進出する日系企業のサポートを万全にしたうえで、その次のステップとして、日系グローバル企業で培ったノウハウをもとにしたITシステムを中国企業へ売る。中国で日系SIerのノウハウを持った地元人材を大量に育成する――野村総合研究所(NRI)の藤沼彰久会長の言葉を借りれば、「中国を中心とするアジアで第二のNRIをつくる」ほどの投資をしなければならない。JISAの岩橋誠常任理事(JFEシステムズ相談役)は、「中国企業が次々とグローバル化することは、もう分かっていることだ」と、残されたわずかな時間とアドバンテージを最大限に生かすことが日系SIerに求められていると強調する。