この先10年でIT市場の規模が100兆円の大台を超えると見込まれている中国。日本のITベンダーにとっては極めて魅力的な市場のはずだが、その進出状況をみると、欧米系ITベンダーと比べて遅れているといわざるを得ない。市場開拓の具体的な施策に悩んでいることが、その主な原因だ。一方、欧米ITベンダーは、内陸部に新拠点や大規模の工場を開設するなどの施策を打って、中国での長期的な事業拡大に本格的に取り組んでいる。中国に拠点を構える欧米IT企業に取材し、日本IT企業にとってのヒントを探った。
競合に一歩先んじる
成長著しい内陸部に着目  |
IBM中国 マルセル・グルートマン総経理 |
IBM中国のグローバル・デリバリー・センター(GDC)の中国地区トップを務めるマルセル・グルートマン総経理のオフィスからは、世界の大手企業が拠点を構える上海市浦東地区の外高橋保税区を一望できる。同氏が、内陸部に近い武漢市にGDCの新拠点を開設し、中国内陸部の市場開拓を加速させる戦略を、この部屋で練ったのは想像に難くない。IBMが武漢GDCの新設を発表したのは今年7月。グルートマン総経理は、窓の向こうに広がるライバル企業を常に意識しながら、競合に一歩先んじた動きを仕掛けることで、IBMの中国ビジネスを進化させてきた。
ここ数年、IBMをはじめ、中国で活動している外資系企業の多くが意欲を示すようになったのが、中国内陸部の開拓だ。北京や上海などの海岸地区から遠く離れたこの地域は、中央政府が地方開発に向けた投資を大幅に拡大した結果、経済が著しく成長し、ITベンダーにとって、非常に大きな可能性をもつマーケットに育った。外資系各社は、あの手この手を使って内陸部の市場をいち早く開拓するのに必死になっている。中国は、早い者勝ちの国だからである。
ITソリューションの分野でIBMの強力なライバルであるヒューレット・パッカード(HP)中国は、今年1月に、四川省の東部に位置する重慶に約2万m2という大規模のパソコン工場を開設した。中国西部への納期を短縮し、内陸部の役所や学校/大学などの公共案件の受注を狙って、法人向けパソコン事業を拡大させる取り組みだ。
公共案件の獲得は、中国の国産メーカーの優先指向が強く、外資系企業には壁が高い。しかし、1985年から中国でビジネスを展開しているHPは、「長年かけて築いた政府との良好な関係がある」(HP アジアパシフィック&ジャパンのデニス・マーク・バイスプレジデント)ことを有力な武器にしている。中国は、人脈を重視する社会でもあるからだ。
地場企業を攻めなければ意味がない  |
HP アジアパシフィック&ジャパン デニス・マーク バイスプレジデント |
IBMやHPなど、欧米系の企業が大きな強みとするのは、中国での経験が長いことだ。1934年に中国へ進出したIBMは極端な例としても、欧米IT企業の多くが20年以上前から中国で事業を展開している。従業員として現地の人を数多く採用し、市場の特性を理解し、政府関係者を含めた人的ネットワークを構築するなど、現地と緊密な関係を培ってきた。現地との太いパイプは、今回の内陸部の市場開拓にあたっても、成功に必要不可欠な条件となっている。
欧米勢に対して、日本のSIerやソフトベンダーの中国での事業展開は、経緯が多少異なる。経験がまだ浅いだけでなく、進出した当初から中国市場に本格的に溶け込むのが苦手で、事業をオフショア開発や日系企業向けのIT提供に絞り、中国の地場企業をあくまでも“プラスα”のターゲットと捉えているフシがあるのだ。その結果、2008年のリーマン・ショック以降にオフショア開発の市場が大きく落ち込み、従来のビジネスモデルの限界がみえてきた今は、これまで地場企業とほぼ接点がなかったことが日本IT企業の弱点となっている。
地場企業という巨大市場が目の前にありながら、アプローチの具体的な方法がつかめていないのが、中国で活動している日本IT企業の実情だ。業界関係者からは、「地場企業には、そもそも自社製品の需要がない」とか「日本のような営業のやり方がうまくいかない」といったような声が聞こえてくる。これでは、宝の山を前にして、指をくわえて眺めているようなものだ。製品面でも売り方の面でも、中国市場のニーズに合わせた攻め方を探っていく必要がある。
次ページからは、ネットワーク構築やデータセンター運営の幅広い分野において、中国で事業拡大に注力している欧米企業の取り組みのなかから、日系ITベンダーが発展するためのヒントを探っていく。
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