得意領域を生かせ
カテゴリーごとに動きあり 情報システムは、バックエンド(センター系)とフロントエンド(端末系)に大きく分けられる。有力SIerなどのベンダー各社は、自らが得意とする領域を軸として、売れる商材開発に取り組む。ここからは分野ごとに繰り出す有力ITベンダーの商材やアプローチの手法に迫る。
カテゴリ1
事業所や家庭の省エネ
センシング技術を生かす  |
キヤノンマーケティング ジャパン 斉藤金弥課長 |
人感センサーやIPカメラ、電力測定などのセンシング技術を用いて事業所の省エネを支援するシステムは、ユーザー企業からの引き合いが強い商材だ。電力不安が長期化する様相をみせるなか、原発事故の補償や化石燃料の高騰が、電気料金に転嫁される懸念がある。ユーザー企業では、必要に迫られた節電だけではなく、経済的な自衛のためにも省エネを推進する気運が高まっている。
キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)は、2003年に竣工した地上29階建ての本社ビル「キヤノンSタワー」の省エネノウハウを結集して、今年2月から「省エネオフィス支援ソリューション」を始めた。改正省エネ法に対応するために開発したものだが、期せずして電力不安が首都圏を中心に深刻化し、さらには中部、九州へと電力供給不足が波及する事態となった。省エネへの関心が高まり、「引き合いは急増している」(キヤノンSタワーの節電を担当したキヤノンMJの斉藤金弥・品川総務課長)という。
斉藤課長は、2008年から2010年までの3年間、運用上の工夫だけで節電に努めてきた。蛍光灯を間引く/調光機能付きの照明はできるだけ絞り込む/廊下の空調を止める/休憩時間の一斉消灯……。このほか、女性社員のアイデアで温水洗浄便座は便座を閉じて保温効果を高める取り組みも実践。ときには空調の設定温度を上げすぎて役員から“暑い”とお小言をいただいたこともあった。それでも「働く人の理解と協力を得ながら、徹底的に節電した」(斉藤課長)結果、キヤノンSタワー竣工直後の2004年と比べ、2010年は一次エネルギー換算で28.4%の削減に成功した。斉藤課長は、社内で「品川総務課の節電王」と称されるまでになった。
しかし、一般の事業所は、ここまで徹底した節電は難しいのが実際のところだろう。キヤノンMJが商品として開発した「省エネオフィス支援ソリューション」は、センシング技術を駆使して、これらをPCの画面上で一元管理できるようにした。節電王が3年がかりでコツコツと取り組んできたことを自動化するツールだ。
オープンにまとめる力 TISは、オープンな「OSGi(Open Services Gateway initiative)」技術をベースに事業所や家庭のエネルギー管理分野にアプローチする。今年4月に旧TISと合併した旧ソランが手がけてきたビジネスを新生TISが継承したもので、OSGiフレームワークをプラットフォームとして、ネット経由で省エネ管理用のプログラム・モジュールをダウンロード。ユーザーは、スマートフォンなどのスマートデバイスから電力消費をリモートで監視、制御する仕組みである(15ページ右上図を参照)。
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TIS 林靖彦 グループマネジャー |
例えば、家庭では冷蔵庫や照明など家電系、テレビやレコーダーなどAV系、PCやプリンタなどのIT系、ガスや水道、ホームセキュリティの状態管理に使うセンサー系などのカテゴリ別に消費電力を可視化して、リモートで制御可能にする。家庭向けはホームエネルギー管理システム(HEMS)、前出のキヤノンMJはビルエネルギー管理システム(BEMS)と呼ばれる領域だが、エネルギー消費を可視化、制御するという考え方は共通している。
OSGi技術をベースにHEMS/BEMSの事業化に取り組むTISの林靖彦・OSGi部グループマネジャーは、「家庭や事業所単位ではなく、工場団地や居住区域といった地域単位でのエネルギー制御にも応用できる」と、ビジネスが広がる可能性を強く感じている。
ITを駆使して省エネを実現するスマートコミュニティに通じるアプローチであり、大震災以降の電力危機は、地域単位でスマートビジネスを盛り上げるチャンスでもある。住宅メーカーやビル開発会社、家電メーカー、電力、ガス、水道など、個々の事業者ではなかなかまとめられない仕組みを、オープンなOSGi技術を基盤として、中立的なSIerの立場でまとめあげられるかどうかがビジネス成功のカギを握る。
カテゴリ2
フロントエンドの対策
恒久的な制度が不可欠  |
JBアドバンスト・ テクノロジー 清田雅之担当部長 |
節電・事業継続にとってフロントエンドシステムの見直しは避けて通れない。1990年代後半に爆発的に普及した古いクライアント/サーバー(クラサバ)方式では、停電になった時点でアウトになる。サーバーは停電対策を施したデータセンター(DC)に預けるか、もしくはパブリッククラウドサービスを活用するなどして、クライアント側は、バッテリを内蔵したノートPCやスマートデバイスを組み合わせた複合方式が望ましい。これについては、社員が出社できない事態のパンデミック(流行病)対策として、すでに確立された手法が存在している。
例えば、日立ソリューションズは、自社のクラウド基盤「SecureOnline」をゲートウェイとして、自宅や社外にあるPCからUSBキーを利用して社内システムに接続するシンクライアントシステム「クラウド型統制IT基盤」を提唱する。JBCCホールディングス(JBグループ)も、自社開発のシンクライアントシステムの販売に力を入れる。「在宅勤務でも高いセキュリティレベルを保つことができる」
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日立ソリューションズ 臼見元恵部長代理 |
(JBグループの一社でJBアドバンスト・テクノロジーの清田雅之・製品開発グループ担当部長)のが売りだ。また両社ともに遠隔での意思疎通に役立つツールとして、ネット経由で情報を共有する電子黒板やテレビ会議システム、より簡易なウェブ会議システムなど組み合わせることで利便性を向上させることにも余念がない。
だが、フロントエンド対策は、技術的な側面よりも、運用面の改革のほうが難しい。パンデミック危機で、導入機運が高まることはあったものの、会社で机を並べることに慣れた日本の会社環境で浸透しているとはいいがたい。日立ソリューションズで省エネ対策を担当する臼見元恵・環境推進本部部長代理は、「恒久的な仕組みとして在宅勤務、サテライトオフィスなどの諸制度を根付かせるコンサルティングが欠かせない」と指摘する。
カテゴリ3
バックエンドの対策
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富士ソフト 大迫館行 部長 |
安心安全の基盤となる フロントエンドと対になって動くバックエンドは、災害への備えが充実したDCに集約する動きが加速している。なかでも、クラウドは物理的な分散処理を行う一方で、論理的な集中管理ができるというすぐれた特性がある。GoogleやAmazonは、遠隔地にDC設備を展開しながら、世界中から同一サービスを利用でき、なおかつ集中的、効率的にシステムを管理している。基幹業務システムは堅牢なDCに預けたり、プライベートクラウドをDCで独自に構築。その一方で、情報系やバックアップ系のサーバーリソースは、リーズナブルなパブリッククラウドを活用するなど、クラウドの利用範囲は広い。
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日立情報システムズ 森田隆士 専務 |
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NEC 岡田英彦 グループマネージャー |
富士ソフトは、今年4月にパブリッククラウドのAmazon Web Servicesの認定ソリューションプロバイダに選定された。同社は2008年6月、他社に先駆けてGoogle Apps販売代理店の契約を結び、さらには、Microsoft、Salesforce.comとの協業によって世界4大パブリッククラウドサービスを商材として揃えてきた。自らも首都圏3か所のほか、大阪、九州に計5か所のDCを運営し、停電時の非常用発電の連続稼働は最大で50時間を誇る。クラウド事業を担当する富士ソフトの大迫館行・クラウド運用・サービス部長は「当社のDCを活用したパブリッククラウドと、世界4大パブリッククラウドを組み合わせたハイブリッドサービス」を売りにする。
自己完結型の超小型DC“マイクログリッド”を売り出すSIerも出てきた。日立情報システムズは、自社で開発したコンテナ型DCと既存の太陽光発電パネルや自家発電機、商用電力線を組み合わせて、電力事情が好ましくない状況下でもシステムを動かし続けられるマイクログリッドを構築。DCから遠く離れた工業団地などで、「どうしても身近に情報システムを置きたいという企業のニーズに応える」(日立情報システムズの森田隆士専務)。
情報基盤に詳しいNECの岡田英彦・プラットフォームマーケティング戦略本部プロモーション・情報サービス統括グループマネージャーは、「省エネや事業継続を本気で考えるなら、システムや働き方を根本的に変える必要がある」と、総合的に見直していく必要を指摘する。東日本大震災は事業環境を大きく変えたが、見方を変えれば新しいニーズが生まれる余地も広がった。災害に強いシステム構築は、安心・安全にビジネスを伸ばす基盤になる。こうした取り組みの先に、復興の道筋がみえてくる。
ムーブメントを起こせ
全国規模のうねりに
ITベンダーが恐れているのは、秋になって電力需要が一段落し、省エネや事業継続、DRに対する熱が冷めてしまうのではないかということだ。かつて東電柏崎刈羽原子力発電所の火災を誘発した新潟県中越沖地震や、パンデミックなどの危機に見舞われても、情報システムを抜本的に見直すような災害対策ムーブメントは、残念ながら長続きしなかった。のど元すぎれば熱さを忘れるようでは、災害に強いシステムづくりは難しいといわざるを得ない。全国規模の大きなうねりにつなげられるかどうかが、今、試されている。