「ソーシャルERP」が注目を浴びている。ITベンダーの多くはビジネスに直接貢献するというシナリオはまだ十分に描けておらず、市場としては黎明期にある。現段階で、新たな商材として拡大する可能性を推し量るのは難しい。その意味では、一種のバズワード(実態不明の流行語)かもしれないが、外資系ERPベンダーはこぞってソーシャル関連の取り組みを強化しており、おぼろげながら進化の方向性がみえてきた。(取材・文/信澤健太)
「ソーシャルERP」とは何だ
ソーシャルメディアを活用したERPだが、明確な定義はない。ERPベンダーの動きをみると、ERPにソーシャルメディア機能を組み込んだり、ERPと連携する1モジュールとしてソーシャルメディア機能を提供したりして、非定型業務の変革を通じてコラボレーションの活性化や生産性の向上を図るという、サービスとしてのアプローチがある。
一方で、TwitterやFacebookなどのインターネット上の“生の声”を収集して、ERPに格納してある情報と連携して分析するマーケティング的なアプローチも、広い意味での「ソーシャルERP」といえる。
「ソーシャルERP」が注目を浴びている背景には、コンシューマライゼーションの潮流がある。単にソーシャルメディア機能だけでなく、モバイル、クラウドといった要素を取り込む動きが活発だ。
見逃せないコンシューマライゼーション
ソーシャルを活用する動きが活発化
ERP(統合基幹業務システム)業界にコンシューマライゼーションの波が訪れている。コンシューマライゼーションとは、個人市場の技術やサービスが法人市場に大きな影響を与えるようになることをいう。ソーシャルやモバイル、クラウド・コンピューティング、ビックデータといった要素をERPに取り込む動きが活発化しているのだ。
注目を浴び始めた「ソーシャルERP」は、コンシューマライゼーションの潮流と密接に関わっている。単純に、TwitterやFacebookのようなソーシャルメディアを従来のERPの画面上に表示するソリューションを指すわけではない。
ERPベンダーがこれまで抱えてきた課題が、その実像を探るうえでのヒントになる。ERPは、財務会計や販売管理、生産管理、人事給与などのあらゆる経営資源を統合管理し、経営の効率化に役立つ経営手法・概念として企業にとっては有効な側面をもつが、苦手としてきた領域もある。それは、操作性と、構造化できない非定型業務の処理だ。
コンシューマライゼーションの波を受けて、最近、企業では何十年も前に設計されたフォームやタスク指向で基幹業務が行われている、というERPベンダーからの指摘が目立つようになった。
「ERPの主導権は、それを使う現場に戻ってきている。今から20年先のユーザーは、中学生や高校生の頃からTwitterに慣れ親しんでいる人たちで、旧態依然としたERPのユーザーインターフェース(UI)ではやる気が起こらないという時代が到来するだろう。ユーザーエクスペリエンス(UX、ユーザー体験)を変えていかなければならない」。日本オラクルの末兼達彦・アプリケーション事業統括本部 ビジネス推進本部本部長は、このように指摘する。
どうすれば、必要な人を巻き込んだり、関連情報や事実を共有したりできるのか。さらにいえば、購買申請や経費精算のプロセスなどの定型業務と、営業案件の分析やサプライヤの選定などの構造化されていない業務を、アプリケーションレベルでどのように連携させればよいのか。外資系ERPベンダーが、ERPにソーシャルやモバイル、クラウド、BI(ビジネスインテリジェンス)などの要素をかけ合わせて、これらの課題解決に乗り出している。日本オクラルや日本インフォア・グローバル・ソリューションズ、SAPジャパンの3社を中心にみられる動きだ。
「ソーシャルERP」戦略は、各社がアナウンスし始めて間もないということもあり、まだ“バズワード”にすぎないとみる向きもある。調査会社アイ・ティ・アール(ITR)の浅利浩一・プリンシパル・アナリストは、「(ソーシャルERPには)現段階ではとくにビジネス価値はない。ERPベンダーはいまだに十分な提案ができていない」と手厳しい。
2012年のERP関連のキーワードの一つとしてソーシャルを挙げる調査会社ガートナー ジャパンの本好宏次・リサーチ部門エンタープライズ・アプリケーションリサーチディレクターは、「今、ソーシャルの要素がみられるのはCRM(顧客関係管理)とタレントマネジメント。ガートナーでは、モバイルとクラウド、ソーシャル、インフォメーションの四つの力が統合されていくとみている。ソーシャルはまだ黎明期で、評価を下すには早すぎる」と分析する。
調査会社のアナリストは、「ソーシャルERP」を黎明期にあるとみている。では、現実はどうか──。ビジネスの現場では徐々にではあるが、動き始めた。次ページからは、外資系ERPベンダー3社の動きを中心に据えて、「ソーシャルERP」の最新事情を探っていく。
ソーシャルをERPに生かす事例 ERPにソーシャルの要素を持ち込むにはいくつかの方向がある。アプリケーションレベルの密な連携から各種情報の自動通知まで、その度合いは異なる。
ERPに、ソーシャルメディアを組み込んだ情報システムを連携させた利用シーンが徐々にみえてきた。興味深い動きをみせるのがデジタルコーストだ。セールスフォース・ドットコムのクラウド基盤「Force.com」上で開発した「チームスピリット」を販売している。企業内ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)である「Salesforce Chatter」や勤怠管理、経費精算、プロジェクト工数管理を統合した“ソーシャルワークフォースマネジメント”を謳う。「Force.com」上のアプリケーションやオンプレミスのERPと連携させて利用できる。
受発注処理や在庫の発生などをリアルタイムにソーシャルメディアなどに通知するアラート機能を実装するアプローチもある。ネットスイートの「SuiteSocial」は、「『NetSuite』のなかに閉じ込められていた顧客のアクティビティを、ログインせずに自動的にスクリーンに表示できる」(米本社のザック・ネルソンCEO)という機能を装備している。ソーシャルメディアと直接関連はないが、タイムコンシェルが開発する「タイムコンシェル」は、あらかじめシナリオを設定しておくことで、販売管理システム上でさまざまな状況が発生した場合に、自動的に指定アドレスにメールを送信したりGoogleカレンダーに予定を差し込んだりできる。ソーシャルメディアとの連携も検討中だ。
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