「スモールビジネス向けIT市場のポテンシャルは高い」といわれ、多くのIT企業が参入を試みてきたが、攻略の糸口を見出せずに終わったケースが少なくない。その状況を変えつつあるのが、クラウドの普及だ。クラウドがサービスの低価格化を実現する一方で、クラウドを活用して新事業を創出したベンチャー企業の登場も追い風となっている。注目のITベンダーの動きを追うことで、スモールビジネスのIT投資の最新トレンドと、ITベンダーの商機を探った。(取材・文/本多和幸)
会計のクラウド化が市場を変える 勢いに乗る新興ベンダー
●スモールビジネスのIT投資が増えている スモールビジネスの市場では、近年、IT投資増の動きが顕著になっている。この特集では、個人事業を含む小規模事業者をスモールビジネスの担い手として話を進める(小規模事業者の定義は下表参照)が、中小企業庁の中小企業白書最新版では、2012年現在の中小企業の数は385万、そのうち小規模事業者が334万で、全企業の86.5%を占める(下図参照)。一方、総務省の労働力調査では、調査方法の違いもあって、2013年時点の自営業者の数は554万人としており、中企庁のデータとの乖離がある。ただ、小規模事業者が長期にわたって減少傾向にあることは確か。それでも、IT投資自体は決して縮小していない。

弥生
岡本浩一郎
社長 スモールビジネス向け会計ソフト市場で、本数シェア6割、金額シェア7割以上という圧倒的な勢力を誇る弥生がさらに業績を伸ばしているという事実はそのことの証となる。同社の2013年9月期の実績をみると、本数ベースで120%、金額ベースで121%の成長率を示している。また、BCN、GfKのデータをもとにした同社の独自集計によると、市場そのものも成長する傾向にある。
弥生の岡本浩一郎社長は、「スモールビジネスの世界では年間20万から30万の新しいビジネスが生まれている。新しく起業するような人は、シニア企業であってもITの活用が前提になっている」と話す。スモールビジネスの新陳代謝が、需要に厚みをもたせる要因になっている。
●freee、マネーフォワードなどクラウドソフトベンダーの台頭 
freee
佐々木大輔
代表取締役 こうした流れに乗って、市場をさらに活性化させているのが、クラウド会計ソフトベンダーだ。freeeは、その筆頭格といえる。2013年3月に無料版をリリースし、同年8月には有料プランもスタート。サービス開始当初から、「5年で100万事業所の獲得」を目標に掲げており、ユーザー数はすでに7万事業所を超えている。ちなみに、弥生の2013年9月時点の登録ユーザー数は約110万社だ。
特徴としては、クラウドネイティブであり、金融機関やクレジットカードのウェブ明細から自動で入出金データを取り込んで、仕訳も自動で行い、会計帳簿を全自動で作成できる。また、システム自体は複式簿記の要件を満たすものだが、簿記用語をまったく使わないインターフェースを備え、会計の専門知識がなくても簡単に使えるようになっている。同社の佐々木大輔代表取締役は、「経営者が創造的な活動に集中できるようにするというのがfreeeの理念」と強調する。従来からあった請求書ソフトに加え、5月には給与計算ソフトのベータ版をリリースし、スモールビジネスのバックオフィスの一体的な自動化を急速に推し進めている。

マネーフォワード
辻庸介
社長CEO 一方で、クラウド会計ソフトの分野で、freeeを追うかたちになっているのが、マネーフォワードだ。製品としては、入出金データの取り込みや帳簿作成の自動化など、freeeと類似する特徴をもつ。もともとはコンシューマ向けの家計簿ソフトから開始して、昨年11月、ビジネス向けの「マネーフォワード For BUSINESS」ベータ版をリリース。今年1月には有料版の提供を開始し、すでに数万ユーザーを獲得している。freeeと合計すると、ごく短期間で約10万ユーザーを獲得しているわけで、もはや会計ソフト市場全体からみても、決して無視できない規模になっている。
マネーフォワードの辻庸介社長CEOは、当面の目標について、「5年で150万ユーザーを獲得し、クラウド会計でナンバーワンになりたい」と、freeeへの対抗心を露わにする。製品戦略については、「5月にリリースした請求書ソフトがすごく伸びている。会計との連動やUI、UXに徹底的にこだわった結果。近い将来には№1のサービスになるだろう」と説明する。近く、給与計算や経費精算ソフトもリリースする予定で、バックオフィス業務の自動化を進めていくソリューションを構築していこうという視点はfreeeと共通している。
●会計ソフトの王者・弥生もクラウドへの対応に本腰 すでに市場でマスを獲得している弥生は、彼らクラウドソフトベンダーをどうみているのだろうか。岡本社長は、「取引情報の自動取り込みなどは、当社もすでに実装しているし、プロダクトとして脅威を感じることはない。会計ソフト市場の規模を広げるという意味では同志だし、彼らのような存在は必要だと思うが、現状では、当社のユーザーが浸食されているという感覚はない」と話す。事実、弥生会計は現在でも年間10万以上の新規ユーザーを獲得しているという。
とはいえ、消費税改正対応が一段落した現在、弥生もクラウド対応のスピードを加速する方針だ。昨年11月に発表し、年明けから提供を開始したクラウド商材「やよいの白色申告 オンライン」に続き、年内には、青色申告ソフトのクラウド版をリリースする予定。2015年中には、弥生会計のクラウド版リリースも視野に入れていると推測される。ただし、岡本社長は「SaaS版のアプリケーションを提供するだけでなく、データをクラウド化するニーズもあり、それに応えて昨年提供を開始したストレージサービス『弥生ドライブ』のユーザーは、6万5000を超えている。当社は、インストール版の製品も含めて、幅広いニーズに応えるラインアップと販売チャネルをもっていることが強み」としており、新興ベンダーとは戦略が異なることを示している。
いずれにしても、スモールビジネス市場で、クラウド会計の需要が膨らむことの意義は大きい。周辺のさまざまなクラウド商材との連携が加速し、業務を広範囲に効率化するIT投資が増えつつあるからだ。こうした動きは、スモールビジネス市場で新しいITの需要を生んでいる。次項では、そうした商機をつかもうとしているベンダーを紹介する。
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