クラウド、どう売りますか? スモールビジネス向け商材の販路
●ウェブ直販だけでOK? 
野村総合研究所
木村康宏氏 現状、新興ベンダーが展開するクラウド商材は、アプリケーションやサービスの種類を問わず、ウェブマーケティング、ウェブ直販が販路としては圧倒的に多い。この特集では、それでも急激にユーザー数を伸ばしているベンダーの取り組みを追ってきたが、スモールビジネスのIT投資事情に詳しい野村総合研究所コンサルティング事業本部ICT・メディア産業コンサルティング部ICTプラットフォームグループの木村康宏氏は、「現在は、市場がアーリーアダプタにリーチできる段階なので伸びているが、いずれ壁にはぶち当たるだろう。基幹系のソフトなら、信頼感の醸成が不可欠。企業規模の大きいユーザーが採用するとか、人間が売る間接販売のルートを確立するとか、製品の価値や価格以外のファクターが必要になる可能性が高い」と指摘する。木村氏は、freeeがスモールビジネスの経営を多角的に支援するという目的で立ち上げた「スモールビジネスラボ」にも協力している。
実は、この特集で取材したベンダー各社トップの多くも、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティと順にアプローチしてユーザーの数を継続的に増やしていくには、いずれ何らかの間接販売ルートが必要になると考えていて、それをどう構築するか悩んでいる。例外は、freeeの佐々木代表取締役だ。佐々木代表取締役は、5年で100万ユーザー獲得という目標を達成するには、「オンラインを徹底していくことこそが重要」と言い切る。「人が売る」というビジネスモデルは、当然ながらコスト効率を低下させる。「最初からレイトマジョリティにアプローチしたら失敗するだろうが、順番を間違えずに訴求していけば、ユーザーがユーザーを呼び、どんどん波及しながら浸透していくという流れが出てくるだろう。適正価格で売り続けるためにも、これは重要なこと」(佐々木代表取締役)だと判断している。
●販社として新たなプレーヤーが出現 間接販売の必要性を認めるベンダーでは、前項で紹介したコイニーとNTT東日本の提携のように、すでにその端緒となる動きが出てきている。木村氏は、「スモールビジネス市場でクラウドサービスの間接販売を担う売り手として、新たなプレーヤーの動きが活発化している。その筆頭が大手通信キャリアだ。KDDIグループやNTT西日本などは中小企業向けの販売体制も強化していて、既存の事務機ディーラーなどの代替になり得る動きをみせている」と話す。ITベンダーは単価が安いクラウドサービスを売っても利幅が小さくて積極的に動きにくいが、通信キャリアは最終的に通信費でもとを取ればいいわけで、彼らにとってクラウド商材は、自社の基幹サービスに手軽に付加価値のあるサービスを組み合わせるための格好の材料といえる。
木村氏が新しい売り手として注目するもう一つの勢力が、リクルートや楽天、ぐるなびなど、飲食や小売り、旅行業界などに自社メディアを使ってサービスを提供している事業者だ。例えば、「ホットペッパー グルメ」や「じゃらん」を展開するリクルートライフスタイルは、自社のクライアント向けに無料POSレジアプリ「Airレジ」を提供しているが、freeeやマネーフォワード、Squareと連携している。
リクルートライフスタイルの北村吉弘社長は、「当社の強みは自社メディアだが、それだけで価値を訴求していくのは難しくなっているので、予約管理・座席管理のクラウドシステムなど、店舗の運営を大幅に効率化するITインフラをサービスメニューに組み込んでいる。『Airレジ』もまさにそのための商材で、アプリ単体でマネタイズしようとはまったく考えていないが、freeeなど他ベンダーとの連携は、当社のサービスの価値をさらに向上させるものと考えている」と説明する。ベンダー側にとっても、「人が売る」という意味で、巨大なリソースを得られるメリットがあり、販路としてのポテンシャルは高いとみていいだろう。
記者の眼
既存ITベンダーの生きる道
この特集を読んで、既存のITベンダーはスモールビジネス市場では用なしなのかと思う方もいるかもしれないが、それは違う。
コイニーの佐俣社長は、「地方にネットワークをもっている中小のIT販社との協業はいずれ必要になる」と考えている。「日本はアーリーアダプタの層が薄く、モバイル決済に関しては、並行してそれほどITリテラシーが高くないユーザーもすでに増えてきている印象がある」という佐俣社長。MVNOの通信サービスと汎用のタブレット端末を、コイニーのモバイル決済サービスやカードリーダーとセットにした「スタートパック」のトライアルを5月に始めたところ、予想以上の反響があったという。「ハードや通信サービスを含めて、関連する商材をまとめた提案は、とくにレイトマジョリティではかなりニーズがありそうだ。自分たちの業務内容や仕事の流れを理解する販社がワンストップで提案してくれるという安心感が、普及のすそ野を広げるうえでのポイントになる。ハードに限らず、いろいろな機能を組み合わせるなどして提案の付加価値を上げれば、一ユーザーあたりの取引単価も上がるので、ITベンダーも扱いやすくなるのではないか」と話す。
さらに、老舗である弥生も含め、スモールビジネス向けのIT商材は、他製品・サービスとオープンにつながることを共通して指向している。いずれは、こうした製品・サービスのインテグレーションのニーズも出てくるだろう。ITベンダーにとっては、容易ではないにしても、業務プロセスに即した付加価値の高い提案ができれば、ビジネスとして成立する余地はありそうだ。