経済産業省の一連のDX推進政策に後押しされるように、主要SIerやITベンダーには、ユーザー企業からのDX推進に関する引き合いが急増している。ユーザー企業の既存ビジネスそのものを抜本的に転換するDXは、経営トップの決断や企業の組織深く入り込んだ提案が強く求められる。DX推進部門に自社の技術者を客先常駐させたり、ITの専門家としての助言を行うことで自社の価値を高めるなど、DXに関する専門的な知見やノウハウがの提供が期待されており、SIerやITベンダーにとって越えなければならないハードルが少なくない。「DX」を実際に推進する際の難しさや課題をレポートする。(取材・文/安藤章司)
9割近い企業がDXの推進に関心
経済産業省の「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」が公表されてから1年余りが経過し、国内企業のDXへの関心度合いは強さを増している。NTTデータ経営研究所が今年7月から8月にかけて国内の大企業・中堅企業1万4500社余りを対象にした調査(有効回答数:663社)では、全体の87.6%が「DXに取り組んでいる」「具体的に取り組んではいないが興味はある」と回答。「具体的に取り組んでおらず、興味もない」と回答した企業は12.4%に過ぎなかった。
SIerやITベンダーのところには、ユーザー企業からDX絡みの引き合いが増えており、「大きなビジネスチャンスの到来」(SIer幹部)と、手応えを感じているベンダーが少なくない。経産省では7月末、DXレポートで示した課題解決を促すかのようにチェックリスト方式の「DX推進指標」を公開。ユーザー企業が同指標にもとづくリストをチェックしていくことで、自社のDXの進捗具合を確認できるようにした。また、チェックリストを任意で回収し、全国規模での進捗具合をまとめ、自社が全国平均のどのあたりに位置しているのかを確認できるようにもする予定だ。
「DX推進指標」では「組織的な要素(図の左側)」と「基盤となるITシステム(図の右側)」の大きく二つに分けられている。前者は経営トップのコミットメント、推進の仕組み、事業への落とし込みなどの組織面を柱とし、後者はITシステムに求められる要素、既存システムの仕分けとプランニング、ITガバナンスなどが含まれる。
SIerやITベンダーの側から見れば、従来のITビジネスでは、「ITシステム」の構築ニーズに応えることを主眼としていたが、DXビジネスでは「ユーザー企業のDXを成功に導くこと」が価値の主体となる。つまり、要求されたITシステムを綿々と構築しているだけでは、ユーザーのDXニーズに十分に応えられないことになる。
DXが軌道に乗るには時間がかかる
「DXの成功」とは、あらゆるモノや人がインターネットにつながるデジタル時代のビジネスで勝ち残り、成長できることである。
名古屋大学大学院 山本修一郎情報学研究科教授
「BCN Conference2019夏」基調講演にて
デジタルビジネスでは、新興のテクノロジー企業の新規参入の影響も少なくないが、最も脅威となる要素は「今、ライバルとなっている既存の競合企業が自社よりも先にデジタル化を成し遂げることだ」と、「DXレポート」の策定に委員の一人として参加した名古屋大学大学院の山本修一郎・情報学研究科教授は指摘している。競合よりもデジタル化が遅れれば、それだけ競争が不利となり脱落する危険性が高まる。こうしたデジタル化がグローバル規模で巻き起こっており、「2025年には世界の主要企業がDXを完了させる見通し」(山本教授)と、2025年に“崖”があるとしたDXレポートの背景を話す。
DXビジネスで最も難しいのが、成功するかどうか不確かであり、ほとんどのDXビジネスは短期的には赤字事業になることだ。だからこそユーザー企業の経営トップの決断が不可欠であり、赤字を出し続けてもDX推進が揺らがない強固な体制づくりが求められる。SIerやITベンダーには、ユーザーの経営トップの意思やDX推進の体制が失速しないように側面から支援したり、場合によってはユーザー企業と二人三脚でDXビジネスの立ち上げに参画していく役割がより強く期待されるようになる。
あるSIer幹部は、「DX推進は、ITの基幹業務システムのROI(投資対効果)とタイムスパンが似ている」と話す。大規模な基幹業務となれば単年度で投資金額を回収するのはほぼ不可能。通常は5年程度のタイムスパンで減価償却を行い、中長期でROIを測定していく。DXも基幹業務システムと同じく5年程度の中長期のタイムスパンでROIを見ていかないと、せっかく動き出したDX推進の芽を摘んでしまいかねない。短期的な利益ばかり追求していては、「もはやDXへの投資ではなく、単年度の売り上げや利益を伸ばすために販促費を投じる通常の販促活動で終わってしまう」と指摘する。
このように中長期でROIを見ていくDXの特性から逆算すると、「今すぐにでも行動を起こさないと2025年に間に合わない」と、来年度からDX推進を本格的に取り組んでもぎりぎり間に合うかどうかだと、山本教授は警鐘を鳴らしている。
SIerの既存ビジネスは頭打ちに?
一方で、「DX推進指標」で示す「基盤となるITシステム」の部分も、SIerやITベンダーにとってビジネスチャンスになる。「DXレポート」では既存システムの維持費にIT予算の約8割が投じられている現状を問題視。DXに迅速に対応するためのITシステムへの投資余力は全体の2割程度しかなく、既存システムの手直しの遅れがDX変革の足を引っ張る事態につながる可能性を指摘している。既存システムの仕分けを行い、維持費を削減し、DX対応の資金的余力をつけていく必要がある。
「DXレポート」では今の既存システムの維持費8割、DX対応などの価値創出につながるIT投資の比率2割の構成比を25年までに6対4程度に変えることを推奨している。見方を変えれば、既存システムの維持費を主なターゲットとしてビジネスを行ってきたSIerやITベンダーは、この先、売り上げが頭打ちとなることを意味している。
継続して売り上げを伸ばしていくには、DXの基盤となるITシステムの領域へ積極的に進出し、DX関連の提案をより積極的に行っていく必要がある。ユーザーのDX推進部門と自社の技術者の関係を強化する、あるいはITの専門家としての助言を行うことでコンサルティングサービスの価値を高めることで、その後のシステム案件の受注につなげていくなどの方策が想定される。
次ページからは、DX推進の組織的な側面、DX推進の基盤となるITシステムの改修の側面の両面で、ユーザー企業やSIerがどのような取り組みをしているかをレポートする。
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