SIerのDXビジネスの取り組み
DX推進と情シスをうまくリンクさせる
ユーザー企業の組織の中で、SIerと最も接点が多いのは情報システム部門であり、DX推進にも情シス部門は深くかかわってくる。だが、DX推進についても情シス部門が推進役として中心的な役割を担うべきかについては、「見方が分かれる」と、日鉄ソリューションズ(NSSOL)の石田真治・ソリューション企画・コンサルティングセンターITマネジメントグループリーダーは見ている。
日鉄ソリューションズの石田真治グループリーダー
過去を振り返れば、企業の経営戦略とITのかかわりが深くなるに従って、情シス部門の役割は増えてきた経緯がある。最初期はITの整備と安定稼働が情シス部門の主な役割だったが、その後、経営戦略と同期したIT戦略の実行を担うようになり、同時に情報セキュリティや事業継続、コンプライアンスなども情シス部門の重要な役割となっている。NSSOLでは、DX支援サービス「NSTranS(エヌエストランス)」を手掛ける中で、「DX推進は社長直下の専門組織が担うほうが、よりスムーズに推進できる」(石田グループリーダー)と経験的に分かってきたという。
DXを成熟度別に見ると、事業部門で既存事業の一部デジタル化など“ミニDX”活動が始まる。次の段階でミニDXを推進する“尖った人材”を集めて全社的なDXプロジェクトに昇格する。最終形態は、単年度の損益を評価される既存事業の延長線上ではなく、中長期のDX戦略として3カ年なり、5カ年なりのタイムスパンで収益の軸足をデジタルに移し替えていくような持っていく。カリスマ性の強いオーナー社長がトップダウンでDXを推進するパターンもあるが、日本の大企業は往々にしてボトムアップ型の方が馴染みやすい。
ポイントは、情シス部門から先端技術に詳しい人材と既存システムに詳しい人材の両方をDX推進部門に送り込むこと。IT人材が不足している場合は、NSSOLからも人材を送り込むケースも少なくない。デジタルビジネスに変革する際、AIをはじめ最先端の技術に精通した人材が不可欠であるとともに、既存の基幹業務システムのどこを手直しすべきかの的確な知見は、「レガシーシステムに詳しい人材から得るのが最も的確だ」(石田グループリーダー)と話す。
「NSTranS」は、ユーザー企業から高い評価を得ており、昨年度(2019年3月期)の同サービスの受注件数は前年度比2倍近い約80件。今年度も同程度の高い水準で推移している。
DXセンターに知見やノウハウを集約
DX推進は、経営トップのコミットメントのもと、情シス部門と密接なかかわりをもって進行していく。経営トップは、情シス部門に対して「デジタル変革に必要な技術や知見をもっと積極的に提案してほしい。人も出してほしい」という指示を出す。玉突きで情シス部門は情シス子会社や協力企業であるSIerに「これまでにも増して最新技術や知見、DXに精通した人材の供給を求める構図になる」と、SCSKの奥原隆之・上席執行役員DXセンター長は見ている。そして「これに十分応えられないSIerには、そのうち声がかからなくなる」とも。
SCSKの奥原隆之上席執行役員(右)と中島英也・副センター長
これまでのSIerの仕事の少なからぬ部分が、ユーザーの情シス部門が取り決めたシステムの仕様にもとづいて受託開発や客先常駐の方式で労働力を提供するビジネスモデルで占められていた。いわゆる“人月商売”と呼ばれるモデルで、提供できる価値(SIer側から見ると粗利や営業利益に相当する部分)は限られるものの、それほど高度な技術や知見は求められない。しかし、DXを軌道に乗せ、ユーザー企業が勝ち残れるようにするためには、SIerと情シス部門はタッグを組んで、DXの推進力になる力量が欠かせなくなる。
SCSKでは、自社で蓄積してきたDXの知見だけでなく、親会社の住友商事グループ向けのDX案件で得たノウハウもフル活用していく。住友商事グループでは、国内外合わせて100件を超えるDX案件を手掛けており、SCSKもDX推進を専門とする組織「DXセンター」を立ち上げて積極的に参画。DXセンターの副センター長には、住商グループ関連のビジネスを担当する中島英也・SC事業開発グループ副グループ長兼SCDX事業化推進室長が就いている。「SC」とは住商コーポーレーションの略称。
中島・副センター長は「住商グループが手掛けるDX案件に参加することで、DXの組織づくりやプロセスを学びとっていく」ことを重視する。成功実績にもとづくプロセスを明文化、体系化できれば、SCSKのユーザー企業先でDXの成功プロセスを再現することが可能になるからだ。正しいプロセスの応用によってDXの成功可能性を大幅に高められれば、それがそのままSCSKのDXビジネスの価値向上につながる。
SCSKのユーザー企業先でのDX成功プロセスは、再びDXセンターに還元・集約され、「より一段と完成度を高めていく」好循環をつくり出していく。
ユーザー企業のDXの取り組み
的確なリスク評価でスムーズに推進
ここからはユーザー企業の視点でDX推進を見ていく。東京海上日動火災保険は、ドライブレコーダーを活用したテレマティクス自動車保険や、健康づくりを応援する医療保険として1日平均8000歩以上歩くと保険料の一部が返ってくる「あるく保険」、スマートフォンやタブレット端末といったモバイル対応を推進。経済産業省と東京証券取引所が共同で行っている「攻めのIT経営銘柄2018」に選定されるなど、戦略的なIT活用に積極的に取り組んでいる。
東京海上日動火災保険のDX推進の組織づくりで特徴的なのは、法務部門と経営企画、情シス部門が密に連携し、ビジネス部門がデジタル戦略を立案する構図になっていること。金融・保険業は規制業種であることから、過去のITプロジェクトのつまずきの多くが法務的、コンプライアンス的な要素に起因していたことを踏まえ、DX推進でも法務部門が常にチェックできる体制にしている。
東京海上日動火災保険の堅田英次次長
予算面でも経営企画と情シス部が主要な部分を管理しており、「法務部門と連携しつつ、ビジネス部門のデジタル戦略をデューデリジェンス(妥当性の調査)を行い、そのリスク具合を評価できる立場にある」と、情シス部門を担う堅田英次・IT企画部次長兼企画グループ課長は話す。
東京海上日動火災保険では、いわゆる「守りのIT」は主に規制対応のことを指し、「攻めのIT」は、新しい保険商品やサービスに関するシステムを指すことが多い。テレマティクス自動車保険やウェアラブル端末を活用した保険商品・サービスを始めるには、当然、バックエンドととなる基幹業務システムへの接続口の確保や、場合によっては数年前から準備して部分的につくり直してきた。DX推進においても、情シス部門側のバックエンドとビジネス部門側のデジタル戦略をクルマの両輪とし、これに経営企画や法務部門の評価を加えながら推し進めていく。
工場と共通業務の両面から改革を実行
金融・保険業はガバナンスを重視したDX推進の布陣であるのに対して、製造業の沖電気工業は、工場部門が主体的な役割を担っている。同社では22年度までのおよそ4カ年の計画で、主要工場の情報システムを統合し、複数の工場を仮想的に一つの工場であるかのようなワンファクトリー化を進めている。A工場の稼働率が100%超で、B工場70%、C工場90%といったバラツキをなくし、均等に稼働率を高めていくことで受注の増減に柔軟に対応できるようにすることが目的だ。実現後は稼働率向上やオーバーヘッドロス削減などでシステム統合後5年間でTCO(総保有コスト)3割減を目標に置く。
沖電気工業の長田肇部長
沖電気工業のケースでは、基幹業務システムなど全社共通で使うシステムは情シス部門が担当し、生産管理などの工場で使うシステムは工場長が陣頭指揮をとる。「DXレポート」の指摘にあるように、日系企業のIT予算のうち既存システムの費用が全体の8割を占め、DX領域に十分な予算が回せないことが課題として指摘されている。沖電気工業では工場系システムの統合によるTCO削減を推進するとともに、全社共通システムのERPでは情シス部門が中心となってTCO削減を推進。具体的には本社ERPの刷新を進めると同時に、海外法人はSaaS方式でのERP利用を積極的に推進、DXのための基盤を整える。
すでに欧州の法人はSAPの既存ERPからS/4HANAへの移行を進めており、来年早い段階を予定している移行のタイミングで「SaaS方式での利用に切り替える方向で準備を進めている」(長田肇・経営企画本部情報企画部部長)という。工場系のシステムは、製造業としての競争力や独自性を打ち出すためにカスタマイズが相当入っているためSaaS方式への切り替えは困難だが、バックエンド系はグループ全体での共通業務が多いこともありSaaS方式への移行が可能で、それによって維持運用費。節約した予算をDX推進に積極的に振り分けていくことを視野に入れている。
システム刷新の支援ツールにも商機
富士通「ソフトウェア地図」に引き合い多数
富士通では、独自に開発した「ソフトウェア地図」がDX推進に役立つとしてユーザー企業からの引き合いが急増しているという。DX推進の障壁の一つとされる既存システムの維持費が高止まりしている課題に対して、「ソフトウェア地図で可視化し、保守性の改善することで維持費削減につなげる」(御魚谷かおる・サービステクノロジー本部アプリ技術コンサルティング統括部シニアディレクター)のが狙いだ。
富士通の御魚谷かおるシニアディレクター(左)と田中珠貴マネージャー
ソフトウェア地図は富士通の研究所で独自に開発した技術で13年から「業務・アプリケーション選別サービス」として商用化。大規模システムはメインとなる部分と、無数のサブシステムの集合体を形成しており、開発陣の定年退職やドキュメントの散逸などでブラックボックス化することが保守性を悪くしている。何か手を加えるにも時間がかかり、身動き取れない状態になっていれば、DX推進の大きな足かせとなってしまう。
そこで、アプリ同士の相関関係を可視化し、「重複部分や類似システムを整理統合することで保守性を改善し、維持費削減やDX対応力を高める引き合いが、ここ1年で増えている」(田中珠貴・サービステクノロジー本部マネージャー)と話す。手を入れなければならない部分が明確に分かれば、その部分を集中的に手直しし、そうでない部分は計画的に手をつけない。リソースを有効活用しつつ、最小限の投資で最大限の効果を引き出すことが可能になるという。