日本IBMの中核SE会社である日本IBMデジタルサービスは、地域経済や教育機関、自治体との接点として、全国8カ所の「IBM地域DXセンター」をフル活用している。国内外のシステム開発の拠点をつなぐハブとしての役割に加え、地場企業やビジネスパートナーとの協業を通じて新しいビジネスや雇用の場を創出。さらに地域の教育機関と連携して、デジタル人材の育成に取り組んでいる。IBM地域DXセンターの先進事例を率先してつくり出してきた九州DXセンター(福岡県北九州市)を取材した。
(取材・文/安藤章司)
2年半で300人の雇用を創出
日本IBMデジタルサービスは、2022年から全国に順次「IBM地域DXセンター」を開設しており、現在では北海道から沖縄県まで国内の8カ所に展開している。人員体制はパートナー企業の常駐人員なども含めて総勢2500人まで拡充されており、うち札幌、北九州、那覇に所在する地域DXセンターでは、BPO(ビジネスプロセス・アウトソーシング)事業も担っている。大口顧客に向けた出張所やニアショア開発の拠点という枠組みを越えて、地域経済や教育機関、自治体との密接な関係の構築を目指しているのが特徴だ。
センターが目指す地域エコシステムの形成にいち早く取り組み、成果を挙げているのが「九州DXセンター」だ。九州DXセンターは22年11月に10人で立ち上げて以降、システム開発とBPOの二つの事業を軸に業績を伸ばし、パートナーの常駐人員を含めて300人余りの雇用を創出してきた。地域DXセンターの重要な役割である地場企業やパートナーとの協業や、地域の教育機関との連携によるデジタル人材の育成においても、着実に成果を挙げている。
日本IBMデジタルサービス
古長由里子 執行役員九州DXセンター長
システム開発とBPOを一つのセンターで受け持つのは、「AIエージェントの普及によってシステム開発と運用・BPOの垣根が低くなる」(日本IBMデジタルサービスの古長由里子・執行役員九州DXセンター長)ことを見越しているからだ。日本IBMでは、現在は外部のBPO会社に外注しているような反復的な業務を中心に全体のおよそ25%がAIエージェントによって自動化され、AI活用を前提とした、業務フローとシステム開発、運用を見直す需要が高まると見ている。「AIにどれだけ仕事を任せ、人間がより付加価値の高い創造的な仕事に時間を割けるかが生産性の向上のかぎになる」と古長センター長は語る。
日本IBMデジタルサービスの開発スタッフと、BPO事業を手掛ける日本IBMスタッフ・オペレーションズが九州DXセンターの中に同居し、AI活用を進めるユーザー企業の需要にワンストップで応えられる体制を整えている。
40社余りのパートナーと協業
地場企業やパートナーとの協業では、開発プロジェクトに必要な特定の技能やノウハウを持つ人材情報の共有、あるいはIBMが保有する技術やパッケージソフトを活用したソリューションを手掛けるパートナーとの協業を通じて、常時50件ほどのプロジェクトを40社余りのパートナーと共同で進めている。地域別に見ると、九州地方に本社を置くパートナーが半数を占め、残りの半数は九州地方に進出する東京や大阪などのパートナーが占めている。
例えば、九州地方で半導体工場の新増設が活発化する中、IBMが長年にわたって開発してきた半導体製造向け生産管理システム「SiView Standard」の納入案件も増加している。全国各地の地域DXセンターで培ってきたSiView Standardのカスタマイズに関するノウハウを地場パートナーと共有しながらプロジェクトを進めるほか、「watsonx」をはじめとしたIBMのAI技術をパートナーのプロジェクトに活用する取り組みも加速している。
また、フィリピンやインドに展開するIBMグループのオフショア開発拠点との連携にも積極的であり、「海外の開発拠点の人的リソースを機動的に活用して開発や納品を行うダイナミックデリバリーにも力を入れている」と古長センター長は語る。地域にいながら全国規模、さらには国際的なプロジェクトに参加し、知見やノウハウを習得する機会も得られる。
教育機関と人材交流を深める
地域の教育機関と連携したデジタル人材の育成においては、北九州市立大学が27年4月に開設予定の新学部「情報イノベーション学部」のカリキュラムの共同開発や講師派遣、インターンシップの実施などに協力しているほか、地元の高校生や大学生を対象にプログラミングや半導体の設計プロセス、Webデザインなどの講習会を開いており、これまでに延べ1200人余りが参加したという。
ほかにも、九州栄養福祉大学が25年度に食環境データサイエンス学科を新設、西日本工業大学も26年度に工学部情報マネジメント学科を新設する予定であるなど、北九州市内では情報系の学部・学科を増設する動きが広がっている。九州DXセンターでは、こうした地場の教育機関との人材交流を深め、地域のIT人材育成に協力していく方針だ。
古長センター長は、「日本IBMデジタルサービスや九州DXセンターが前へ出るというより、地元企業や教育機関、自治体とのコミュニティー活動に自然に溶け込んでいくことで、ビジネスの幅が広がり、より多くの雇用が生まれやすくなる」と、地域全体で多様な人材を育て、受け入れていく体制の重要性を強調する。加えて、東京や大阪からのUターン/Iターン組や、海外からのIT人材が集まる好循環をつくり出していきたいとしている。
古長センター長自身もUターン組の一人であり、日本IBMで長年にわたってパートナービジネスを手掛けてきたノウハウを地域に持ち込んで協業の輪を広げてきた。「地元に住んで初めて見えてくるものもあるし、受け入れてくれる人々があってこそ地域発のさまざまなビジネスが伸びていく」とし、将来的にはパートナーの常駐人員も含めた九州DXセンターの人員数を現在の3倍に相当する「1000人体制に増やせるのではないか」と手応えを感じている。
北九州市
最新ITで製造業をアップデート
北九州市は企業誘致に積極的に取り組んでおり、その中でもIT企業の誘致実績は直近2年間だけでおよそ100社に達している。ITスタートアップ企業の進出やオフィスの新増設も含めた件数で、「IT企業に関してはすでに『誘致』から『集積』のフェーズへと移行している」(北九州市産業経済局の山口博由・理事)と、一定のIT産業の基盤を確保できたと評価している。IT企業の進出、拠点の新増設が増えた重要なきっかけの一つに、日本IBMデジタルサービスによる22年の九州DXセンターの開設が挙げられるという。
(左から)北九州市産業経済局の山下孝之課長、
山口博由理事、岩下健一郎係長
北九州市は官営八幡製鐵所時代から綿々と続く製造業の街であるが、製造業の国際競争力を高めていくには、「先進的なソフトウェアやデジタル技術によるアップデートが不可欠」(同局の山下孝之・IT産業誘致担当課長)だとし、IT企業の誘致に力を入れてきた。日本IBMデジタルサービスのほかにも三菱総研DCSや、ウイングアーク1st、GMOインターネットグループなどがオフィスの新増設を行っている。
IT企業の視点で見ると、製造業を中心とした企業からのIT需要があることに加えて、システム開発やBPOの事業に欠かせないIT人材を確保しやすい魅力がある。九州工業大学や北九州工業高等専門学校、西日本工業大学など理工系の大学や、IT系の専門学校から毎年約3000人のIT人材を含む理工系の人材が輩出されているのに加え、IT企業の集積度が高まってきていることに呼応するかたちで、IT系の学部・学科を新設する動きも活発である。同局の岩下健一郎・IT産業誘致係長は、「将来的に新しく年間200人規模のIT系人材がプラスされる見込み」と話す。
IT系企業の集積によって駅前オフィス街の活性化も見込まれている。24年に竣工し、IBM九州DXセンターなどが入居する「ビジア小倉」に続いて、水面下ではさらなるオフィスビル建設の構想も進んでいるという。北九州市中心部は八幡製鐵所で働く人々を支えてきた側面があり、当時から飲食店の24時間営業が行われてきたものの、近年では空洞化が課題となっていた。IT企業が市中心部に集積し、多様な人材が勤務する場となれば「街がより活気づく」(山口理事)と期待を寄せる。
IBM九州DXセンターや三菱総研DCS、
ウイングアーク1stなどが入居する「ビジア小倉」の外観
北九州市では28年度までの5カ年計画「北九州市産業振興未来戦略」の期間中に累計330社の企業誘致を目指しており、うち半数程度がIT系になると見込んでいる。IT産業の集積度を一段と高めていく方針だ。