米ヒューレット・パッカード(HP)の日本法人は昨年8月1日、PC・プリンティング事業と、エンタープライズ事業を分社化した。PC・プリンティング事業を承継した日本HPは、この1年、生産から物流、販売、サポートにいたるまで矢継ぎ早に改革を進めてきた。改革のキーワードは「事業展開のスピードアップとおもしろい製品の提供」だ。企業における「働き方」の変化を先取りした革新的な製品づくりと、ユーザーの実情に応じた新たなサービスの提供を本格化させている。今後、さらなる成長路線に舵を切る。分社によって、日本HPはどう変わったのか。岡隆史・代表取締役社長執行役員に全容を聞いた。

MADE IN TOKYOは東京・日野へ

 分社前、ヒューレット・パッカードの従業員は世界で約32万人。そして、新生HPは従業員数約5万人、PCとプリンティングを熟知するメンバーだけで構成された専門集団として生まれ変わった。この1年で、この専門集団の手で生産から物流、販売、サポートまでの事業構造がPC・プリンタ向けに最適化された。日本HPの陣頭指揮を執る岡社長は、「サーバーやストレージなどのエンタープライズ製品に比べ、PC・プリンタは販売台数が多く、製品のライフサイクルも短い。この製品特性を前提とした構造改革により、事業運営のスピードアップを図り、より顧客ニーズに応じた新しい製品・サービスを開発・提供できるようになった」と、分社化の効果を強調する。

 PC・プリンタ事業にフィットさせるための構造改革は細部にわたる。目に見える変化では、まず2016年6月にPCの生産拠点を東京都昭島市の「昭島工場」から東京都日野市に移転し、「日本HP 東京ファクトリー&ロジスティックスパーク」を開設している。分社以前から標榜する「MADE IN TOKYO」を継続し、日本HPならではの高い品質を保証する。

PCの生産・製造工場は東京・日野に移し、生産キャパシティを拡大

 昭島工場でのPCの生産能力は1日約6000台だったが、新工場ではこれを15%増強。今後のさらなる規模の拡張も可能だという。分社前は分散していた部品や完成品の倉庫も、すべて日野市の新工場内に統合した。岡社長は、「国内でのビジネス成長には、スケールの拡大が必要。そのために生産・製造キャパシティに余裕をもたせながら、生産・製造のプロセスやITインフラ、品質管理などすべての工程を改めて見直した」と、その結果、顧客やパートナーへの納期の安定性がより増したと説明する。

サポートは国内に移管

 顧客やパートナーへのサポートでは、昨年から法人向けコールセンターを海外から国内に移管した。「電話サポートを日本で行うことで、アウトバウンド、インバウンドで得たノウハウを蓄積しながら、より品質の高いサポートを提供できる。当然、お客様だけでなく、パートナー様の問い合わせ対応も充実する。将来的にはサポート業務にAI(人工知能)などの先端技術を活用し、より品質や効率を高めていく。サポートを差別化要素にできるよう、各種データベースなどITインフラへの投資も含め戦略的に考えていきたい」(岡社長)という。

 日本HPは、当面の目標として、法人向けPCカテゴリで、世界No.1であるグローバルと同等のマーケットシェアを日本国内で獲得することを掲げている。シェア獲得には、1台から数千台にわたる数多くの案件を迅速に処理し、全体のオペレーションをスピードアップする必要があった。そこで、分社前はエンタープライズ事業と同じであった各種ITシステムや決裁などのレポートライン、コミュニケーション方法などを徹底的に見直した。例えば、CRM(顧客情報管理)など基幹システムは、エンタープライズ事業の足の長い大型案件に対応したシステムから、商談サイクルが短いPCやプリンタに最適化したものに移行させるプロジェクトが進んでいる。そのなかには、パートナーと日本HP間のEDI(電子データ交換)や顧客情報を共有するシステムなども含まれる。

 岡社長は、「組織の階層が少なくなり、簡素化が進んでいる。大きな判断が必要なケースでの海外との交渉・調整スピードも上がった。今後、オペレーションの自動化も積極的に進め、効率化で確保したリソースをパートナー対応や新規事業などに振り向けていく」と、細部にわたる見直しが顧客やパートナーに対するオペレーションのスピードアップにつながるという。

「働き方」変える製品が続々

 日本HPでは、こうした事業構造の見直しにより、ビジネスのスピードアップに向けた基盤が完成しつつある。もう一つのキーワードとして、岡社長は「おもしろい製品の提供」を掲げている。「おもしろい」とは、変わった製品の意味ではなく、ビジネスパーソンの「働き方」を変える、あるいは使い方のニーズに応じた特徴的な製品ということだ。「法人向けPCは、どのメーカーも同じような製品を品揃えしているというイメージがあるかもしれないが、HPはビジネスパーソンが必要とするHP独自の使い勝手や機能、高いセキュリティレベルを提供している。個々のユーザーが求めるスペックやデザインなどを自由に選択できる業界最高レベルのラインアップも特徴だ」と、HP製品の優位性を説明する。

岡社長は「製品提供のスピードアップとおもしろい製品の提供」をキーワードに掲げる

 「おもしろい製品」の代表例が、16年9月に販売を開始した1台でスマートフォン(スマホ)、タブレット端末、PCとして利用可能な3in1デバイス「HP Elite x3」だ。「ビジネスパーソンの『新しい働き方』に、もっとも最適な新コンセプトのモバイルデバイス」と岡社長は強調する。「Windows 10 Mobile」スマホとして利用しながら、同OSの「Continuum」機能と「HPノートドック」や「HPデスクドック」など、周辺機器を組み合わせると、そのままWindowsのノートPCやデスクトップPCとして使える。企業のIT部門にとっては社内のクライアントデバイスの統合で、コスト低減と同時にセキュリティ管理が容易になる。ユーザー部門は今まで以上にモバイル環境でも柔軟に仕事ができる。

「HP Elite x3」はPCとスマートフォンを統合するという新たなコンセプトで市場を創造

 また、超薄型軽量ノートPC「HP EliteBook Folio G1」は、今年のCESでベストポータブルに選ばれるなど注目を集めている。「開発コンセプトの段階から、『Skype』などによるリモートワークの浸透を想定し、ビデオ会議にも最適化した」(岡社長)という、4Kディスプレイや高級オーディオブランド「Bang & Olufsen」のスピーカー4基と高度なノイズキャンセル機能を搭載している。薄さを追求しながらフルフラット開閉ディスプレイを採用し、さらにMIL規格(米軍調達基準)をクリアする頑丈さも備えた。

 また米国では、カンファレンス機能を統合した新タイプのPC「HP Elite Slice」や、従来比10倍のスピードとコスト半減を実現する3Dプリンタ「HP Jet Fusion 3D」など、HPならではの「おもしろい製品」が次々と発表されており、今後の日本での展開も楽しみである。

セキュリティはBIOSレベルでも

 日本HPのPC・プリンタ製品の販売先は、主に企業や政府・自治体などの法人向けである。ここでは、モバイルワーカーの増加や、昨今の標的型攻撃などの脅威に備えるセキュリティ対策が重要課題だ。その点においてHPは、競合他社にはない唯一のアプローチで、セキュリティを担保している。「コンピューティングはエッジに移動している。エンドポイントのセキュリティは防御の最前線」という考えから、グローバル研究・開発組織の「HPラボ」でBIOSレベルまで踏み込み、ぜい弱性をなくす独自テクノロジーを開発、すでに3年前から法人向け製品に実装している。岡社長は、「これらの技術も、セキュリティ脅威の将来変容を予測し、以前から研究してきた結果。今年50周年を迎えたHPラボは、20年先の将来トレンドまで予測をしながら今までも多くの世界初テクノロジーを世の中に送り出してきた。他にはないHPの大きな強みだ」という。

 また、日本HPは今年8月、「サービスとしてのデバイスを実現する」と銘打ち月額課金制のサービス「HP Device as a Service」の提供を開始した。同サービスは、PC本体およびPCライフサイクル(計画、導入、運用、廃棄)をサポートするもので、顧客の要望に合わせてカスタマイズし、単一サービス契約として提供される。ユーザーのIT部門は、デバイスの資産管理や煩雑な運用状況の監視などに工数をかけずにすむ。

 岡社長はHP Device as a Serviceを、「お客様のIT部門の固定業務を大幅に削減できる。IT部門からデバイスのお守り役を外し、より戦略的な業務に集中できる効果がある。このサービスでも、主にパートナー様と連携していく。パートナー様にとっては、月々安定的に収入が得られるサービスモデルであり、お客様と長く親密な関係を構築できる。パートナー様の得意分野であるソフトウェアやサービスと組み合わせれば、よりお客様に付加価値のあるソリューションが提供できる。このサービス事業をパートナー様と一緒に拡大したい」と、この分野でも、これまで以上にパートナー連携を強化していく方針だ。

 日本HPには、プリンティング事業でも「おもしろい」製品が揃っている。HP独自のページワイドテクノロジーをオフィスプリンタから大判プリンタ、大型デジタル輪転機まで採用し、すべての用途分野での超高速印刷を実現。また、有害物質を含まない水性インクで業界最高の環境基準をクリアした「HP Latexプリンタ」。さらにパーソナライズや多品種少量印刷に最適なHPデジタル印刷機は、国内でも多くの印刷会社や大手出版社での採用が進んでいる。オフィス向けプリンタでは「HP Device as a Service」と同じく機器を購入せずに利用した分だけを課金する月額課金モデルも用意し、競合他社に先行するアプローチを進めている。

 現在、PC・プリンティング業界では、製品を開発・販売するITベンダーの離合集散が加速している。一方、日本HPは分社での新体制固めはほぼ完了し、製品・サービスや社内外オペレーションを磨き、次の成長路線と市場拡大に歩を進めている。製品を販売するパートナーの多くが、日本HPの製品を選択肢に入れる必要性が高まっている。