イノベーションは「試行錯誤」から
──6月の「AWS Summit Tokyo 2013」開催に合わせて来日された米本社ビジネスパートナー担当のテレンス・ワイズ・ゼネラルマネージャーにお話をうかがったところ「日本のITベンダーは技術力があり、情熱もある」と高く評価する一方、「とにかくもっとスピードアップしよう」とも言っておられました。 長崎 米国でAWSを本格的に事業化して8年ほど、日本ではデータセンター(DC)群を整備するなどしてから2年余りですので、まだ少し時差があるのかもしれません。しかし、ワイズが言う通り、それをキャッチアップするだけの技術力や情熱を日本のSIerやISVはもっています。
既存の情報システムは、ハードウェアやネットワーク機器を買い揃えるまで何か月もかかっていましたが、AWSでは今からすぐに始められる。負荷が増えれば仮想マシン(VM)を増やせばいいだけで、システム構築にかかる時間とコストを劇的に短縮しました。クラウドに特化したクラウドインテグレーター(CIer)なる業態も登場し、スピードとコストを優先することで、伝統的なSIerから案件を奪うケースもあるほどです。
──つまり、日本にはまだまだクラウドをキャッチアップするだけの新機軸が足りない、と。 長崎 CIer業態のベンチャー企業が世界的に増えており、AWSと共にチャンスをつかんで、成長しています。われわれも常に先端技術を追求し、スピード感をもってイノベーションを重ねている。正直、うまくいかないことがあったり、パートナーに厳しいことを言ったり、逆に言われたりしますが、お互いに補完して、あるべき方向に発展していくべきです。
イノベーションには、失敗が常につきまといます。しかし、誤解を恐れずに言わせていただければ、ITの世界ではこうした試行錯誤はとても大切なのです。最初から99.999%の成功を求めるのではなく、95%くらいに設定して、残り5%はダメージコントロール(ダメコン)の施策を打っておくことで乗り越える手法もあるのです。これは実際にあった例なのですが、ある情報システムの本稼働後に、アプリケーションの不具合で当初想定の処理速度が出なかったことがありました。そのときは即座にVMを3倍ほどに増やして時間を稼ぎ、その間に不具合を直して乗り越えました。つまり、従来の硬直的なシステムではなし得なかったダメコンが、クラウドでは可能になるということなのです。
これまでの“常識”を疑ってかかれ
──日本のITベンダーは客から与えられた「仕様書」や「設計書」と相違がないかどうか、夜遅くまで会議室でプログラムソースコードの読み合わせをしている……などと揶揄されることがありますが、完璧を求めすぎるのもイノベーションやスピードが遅くなる原因かもしれませんね。 長崎 さすがに、今はそこまでのベンダーはもういないでしょうけれど、もしいたとすれば、そうした環境からはイノベーションは生まれないと思います。
──インターネットやスマートフォンの例を挙げるまでもなく、ITの世界ではイノベーションによって、幾度となく「常識」を覆してきました。 長崎 これまでの常識は、まずは疑ってかかることがITでは求められています。いったんイノベーションが起きれば、既存の常識などなんの意味もなさなくなってしまいますから。AWS自身、こうしたイノベーションをクラウドという領域で起こしました。ネット通販の「Amazon」同様、規模のメリットやロングテールといった「ハイボリューム&ローマージン」のビジネスモデルはAWSにも受け継がれており、AWSは過去7年間で30回余りの値下げを行ってきました。規模が大きくなればそれだけIT資材のバイイングパワー(購買力)が高まり、これにイノベーションが相まって既存の常識を覆してきたわけです。
──プレミアパートナーの面々をみると、フランスのCapgeminiや米国のBooz Allen Hamilton、インドのWiproのような老舗の名前がある一方、そうでないベンチャーも少なくありませんね。 長崎 米国の「2nd Watch」や「8K Miles」など、伸び盛りのCIerにも加わってもらっています。クラウドへの移行という時代の転換期の今、AWSを活用してビジネスチャンスをつかみ取っているベンダーは、先に触れたアイレットをはじめ、本当に増えています。こうした動きが伝統のある大手ベンダーを突き動かして、クラウドを軸としたさらに大きなうねりを起こしているのだと捉えています。
──NRIは今後2年間でAWS専門部門の人員を100人に増員し、日立製作所グループも2013年度中にAWS認定技術者を200人育成するとしています。 長崎 情報システムは必ず構築や運用が必要です。AWSは基盤部分のみのサービスですので、より多くのユーザーにAWSを使ってもらうには、より多くのSIerやISVの方々に参加してもらうことが欠かせません。AWSは規模に関係なく、あらゆるパートナーに門戸を開いていますが、NRIや日立製作所など大手がこれだけのボリュームで専門人員を拡充するということは、明らかに潮目が変わったと手応えを感じています。
・FAVORITE TOOL 日本のAWSのトップを引き受けるときにAmazonで買ったモンブランの万年筆。手書きする機会は年々少なくなっている。だが、「紙に文字を書く貴重な機会には、万年筆を使いたい」と、こだわりをみせる。インクを補充したり、筆先を洗ったりするプロセスも「気に入っている」とのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
AWSの変化の一つにERP(統合基幹業務システム)の「SAP」との関係が挙げられる。以前はSAPを試験的に動かす開発環境でだけAWSが活用されてきたが、「今では本番環境でもAWSが使われるケースが急増している」と、アマゾン データ サービス ジャパンの長崎忠雄社長は胸を張る。
SAPはグローバルのデファクトスタンダードに近いERPであり、AWSも世界主要市場に展開しているクラウド基盤サービスだ。SAPとAWSを組み合わせるノウハウや技術を世界規模で蓄積していくことで、「AWSを基幹系領域でも活用できる幅が一段と広がる」とグローバル標準化への道を突き進む。
AWSの興味深いところは、重厚長大なITインフラをもたないベンチャー系SIerやISVでも、技術と情熱さえあれば大きな案件に挑戦できる点にある。「ただのインフラではなく、あらゆる規模のパートナーとイノベーションを共に起こす」ことで、存在感を高めていく考えだ。(寶)
プロフィール
長崎 忠雄
長崎 忠雄(ながさき ただお)
1969年、福岡県生まれ。93年、米カリフォルニア州立大学ヘイワード校理学部数学科卒業。同年、西武ポリマ化成入社。海洋資材の海外販売に従事。98年、デル入社。00年、F5ネットワークスジャパン入社。06年、同社社長兼米国本社副社長。11年8月、アマゾン データ サービス ジャパン社長就任。
会社紹介
Amazon Web Services(AWS)は、世界大手のパブリッククラウドサービスベンダーである。日本での運営会社の名称はアマゾン データ サービス ジャパン。従量課金方式でサーバーやストレージ、データベースなどを利用できる。このため、大規模なITインフラを自前でもたないSIerやISVでも大規模なビジネスを立ち上げられるようになった。