今だからこそ経済交流を強固に
──今、日中間の政治・外交関係は冷え込んでいます。しかし、「政冷経熱」という言葉があるように、経済関係は切ろうとしても切ることはできないと思いますが、どのようにお考えですか。 厳 日本と中国は、経済だけでなく、政治も社会も、切っても切れない関係にありますよ。“関係が悪い”ということこそが、切ることができない関係にあることを表しています。もし関係を切ることができるなら、よくも悪くもなりませんからね。日本と中国が揉めているのは、夫婦喧嘩のように切れない関係にあるからです。ばっさりと切ることができるのなら、最初から揉める必要はありません。
確かに今は、政治・外交という観点では、日中間の関係は非常に厳しいものがあります。しかし、日本中華總商会は、「商」が中心です。日本と中国は切れない関係にあるのだから、むしろ今こそ、経済面での交流を強固にすべきです。
ですので、日本中華總商会としても、今年はいくつかの活動を展開する予定です。例えば、日本の大手企業と一緒に中国への訪問団を組んで、民間レベルでの経済交流を活発に行っていきます。
──経済と政治・外交では、何がどのように違うのでしょうか。 厳 経済は合理性にもとづいた“そろばん勘定”で動くので、常にお互いのWin─Winの関係を模索していきます。買い手と売り手がいて、売り手がいい商品を開発して販売すると、買い手は便利さを享受するという関係です。
一方、今回の領土に関する衝突のように、政治・外交は、Win─Winを目指しているとしても、性質上そうはならないことがあります。感情論というか、エモーショナルになって、ゼロサムゲームになってしまうのです。どちらか一方だけが勝ち取るかたちになってしまうのでは、商売は成り立ちませんよね。だから、政治・外交と経済は、似て非なるものといえるでしょう。
経済活動は、ゼロサムになり得ないからこそ、当団体の役割は、今まで以上に重要になります。政治・外交でゼロサムゲームが行われているときには、経済でもっと協力して、もっと価値を高める話をしたほうがいい。日本中華總商会のメンバーは、日中両国のことをよく知っています。全体の関係に、いい影響を与えられるはずです。
今年1月に開催した賀詞交換会では、実際に私と同じように考えている人がたくさんいました。日本からも外務省や経産省の官僚に来ていただきました。こうした日中両国が経済交流に前向きな雰囲気をつくっていきたいですね。
ただ、訪中団に関しては、一部のマスコミに「中国に媚びている」というような捉え方をされてしまっていることも事実です。しかし、経済活動では、こうしたエモーショナルな考えは排除しなければなりません。日本人が中国を訪れるだけでなく、中国人がもっと日本に来て、日本のことをよく知るべきだと思います。そのための活動をもっと大々的にやっていこうと考えています。
中国の団体という見方を変えさせる
──ITの領域では、日中関係をどのようにみておられますか。 厳 対日オフショア開発に関しては、今でも根強いニーズがありますし、実際、日本中華總商会の会員も、中国でのオフショア開発にかなり深く関わっています。ざっとみて、会員企業が抱える従業員のうち、5000人くらいはオフショア開発関連の事業に従事しています。ただし、オフショア開発はITの一つの領域に過ぎず、大きなマーケットではありません。
マーケットとして大きな見込みがあるのは、中国の市場を開拓するという方向です。IT以外の他の分野、例えば自動車などは、すでに中国をマーケットとしてみています。ただ、ITプロダクトは、他の分野のプロダクトと異なり、目には見えないので、市場を攻略するには工夫が必要でしょう。
また、日本のIT企業は、パッケージ系のソフトウェアに必ずしも強いとはいえません。ソフトウェアは欧米がデファクトになっていて、日系IT企業のものを海外ではあまり耳にしません。海外でパッケージ製品をうまく拡販する方法は、日本のIT企業がよく考えないといけない点ですね。
──どんな製品なら、中国市場で受け入れられそうですか。 厳 うーん。私はITの専門家ではないので、何とも言えませんが、外から眺めて日本の強みと感じるのは、工場管理のアプリケーションだと思います。
──日本中華總商会の代表理事・会長としての厳さんの目標を教えてください。 厳 私が成し遂げたいのは、日本と中国の経済交流のプラットフォームとしての基礎を固めることです。会長の席に、ずっと同じ人間が座っているわけにはいきませんから、私がこのプラットフォームを任期の間に賑やかにして、退任したらそれで終わりというのでは意味がありません。
私は、日本と中国が深い関係にあることが大切であると確信しています。波と同じで、両国の関係がよいときも悪いときもあるでしょう。重要なことは、波を途切れさせないことです。日本中華總商会は、今年で15周年を迎えます。これが、30年後もしっかりと活動できるよう、基礎固めをして、日中間の経済交流に貢献したいですね。
それと、もう一つ。日本企業と中国企業が一緒になって、経済交流のプラットフォームを築き上げていきたい。日本中華總商会は、普通の日本人からみると、中国人の団体だと思われることがあります。しかし、これはまったくの間違いです。確かに、経済団体には、中国企業だけで組織した団体も、日本企業だけで組織した団体もあります。しかし、われわれの特徴は、日本企業と中国企業が一緒にメンバーとなっていることなのです。私は会長に就任してから定款を変えて、日本企業に会員になってもらいました。最初はゼロだった日本企業の会員が、今ではおよそ100社までに増えています。経済交流のプラットフォームを、日本企業と中国企業による協働でつくっていきたいと心の底から思っています。これが私の目標です。

‘日本と中国が揉めているのは、夫婦喧嘩のように切れない関係にあるからです。ばっさりと切ることができるのなら、最初から揉める必要はありません。’
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本と中国の関係は、切ろうとしても切れるものではない。お互いが最大クラスの貿易相手国で、依存関係にあるのだから、関係を断てば両国に多大な損害を与えることになる。政治・外交関係が戦後最悪の状態に陥っている今こそ、経済面での関係をより緊密にしていく必要がある。
しかし、日本貿易振興機構によると、2013年の日中貿易額は前年比6.5%減の3119億9518万ドルと、2年連続で落ち込んでいる。日本からの輸出額は10.2%、輸入額は3.7%減少した。貿易額減少の要因としては、円安が大きく影響しているが、現在の冷え込んだ政治関係が影を落としている可能性も否定できない。「政冷経冷」の状態が続くということは決して好ましい状況とはいえない。
日本中華總商会の役割は重要だ。日中両国を熟知している彼らが、積極的に経済交流を働きかける意義は大きい。その意味で、前向きな姿勢を見せている厳会長は頼もしく思えた。(道)
プロフィール
厳 浩
厳 浩(Yan Hao)
1962年、中国・江蘇省生まれ。79年に天津大学電子工学科に入学し、81年に国費留学生として山梨大学に留学。その後、東京大学の博士課程に進学し、医学統計学などの研究・実務に従事した。91年にCRO(医薬品開発業務受託機関)のエプス東京(現・イーピーエス)を創立。09年4月、日本中華總商会の代表理事・会長に就任した。
会社紹介
在日華僑・華人が経営する企業と、中国企業の日本法人などが中核となって、1999年に設立された経済交流団体。中国関連企業同士の相互協力を強固にするとともに、日本企業との交流を促進するために、研修会やセミナー、中国訪問などの事業を展開している。正会員として中国関連企業が約230社、賛助会員として日本企業約100社が参加している。