人月型の受託開発ビジネスがAIの登場で大きく様変わりする中、情報サービス産業協会(JISA)の福永哲弥会長は、「他社にはない尖った技術オファリング」こそが価値の源泉になると話す。大規模プロジェクトを滞りなく進められるプロジェクトマネージャーや、高度なサイバーセキュリティーの知見を持つ技術者は引く手あまたであり、それだけ大きな価値を生み出せる。JISAは、情報サービス業界で長らく続いてきた労働集約型のソフトウェア開発からの早期脱却を促し、高度で独自性に富んだ技術に立脚した価値創造型のビジネスモデルへの転換を後押ししていく。
(取材・文/日高彰、安藤章司 撮影/大星直輝)
人がAIに目的と規範を与える
――生成AIの登場で、情報サービス業界に地殻変動が起きています。
AIによってプログラム開発が相当程度自動化されるのは確実であり、労働集約型から価値創造型に事業モデルを変えていかなければなりません。ただ、価値創造と言うときに、成果となる「価値」の部分をどう測定するのか、その基準をどうするのかを解決しなければ、事業モデルとして成り立ちません。
AIに関しても、人間と同等かそれを超える知能を持つとされる汎用人工知能(AGI)がいつ実用化されるのか、その時間軸がはっきりしないことが、議論に混乱を招いているように思います。今のSI事業ではユーザー企業のAI導入・活用を支援するサービスが活況ですが、その中身はデータ基盤の整備から始まる、人月単価ベースの労働集約型であるわけです。だから、人月ビジネスがある程度残る前提を無視できない一方、AGIの時代がすぐくると仮定するなら、今の議論自体がナンセンスになる可能性もある。前提条件からして意見が分かれる部分です。
――JISAは5月に「AI共生宣言」を発表しました。
「AIが発展する中、残された人間の役割は何か」とよく問われますが、技術がこの先どうなるか、誰にも正解が分からない中で、AIと人間の役割をきちんと定義するのは難しい。そこでAI共生宣言では、私たちはAIをどう活用したいのかという目的の側から入りました。AIが人間の能力を大幅に拡張し、高度化させる一方で、人間がAIに目的や規範を与える相互補完的な関係を示しています。
ある業務を自律的にこなすAIエージェントのような特性を最大限に活用しつつも、その透明性と説明可能性を担保し、人間が最終的な判断と責任を負う関係です。情報サービス業で働くプロフェッショナルとして、AIに目的や規範を与え、ブラックボックス化させず、技術の発展の方向性を決める。少なくとも日本のIT産業として、生成AIやAIエージェントなどに関わるのなら、このような関係を目指すべきであり、それがビジネスを伸ばすことにもつながるというのが、AI生成宣言の趣旨です。
――人間が責任を負うことを掲げていますが、具体的にどう取り組みますか。
例えば、大手AIベンダーから提供されるLLMが決められた品質で出力を生成できるようにシステム全体を作り込んだり、公開されているオープンソースLLMの品質を担保したりする方法が考えられます。オープンソースのLinuxと商用ディストリビューションの関係のように、ディストリビューションを担うベンダーやSIerがその品質に責任を負うという考え方です。
変わる人月単価の価値基準
――AI開発に国内IT産業はどのように関われば良いとお考えですか。
少なくとも経済安全保障や、あるいはデジタル赤字の増加を考えると、日本の国富が海外流出しないような技術を備え、産業界がそこに寄って立つという考え方はあると思います。ただ、国産という意味はもう少し広く解釈して、オープンソースLLMを国内の技術者が検証し、基本的なアルゴリズムを確認し、品質を保証する仕組みをつくることができれば、海外の特定のプレイヤーに依存するような産業構造にはならないのではないでしょうか。
また、AIを動かすために必要な半導体、データセンター、電力といった部分には投資が集まっており、政府も注力しています。自社でそのようなAIプラットフォームをつくろうとしている大手SIerもあります。ただ、AIはすべてソフトウェアエンジニアリングの上に成り立つものです。いわゆる「フロンティアAI」だけに着目するのではなく、ソフトウェア技術の高度化や、あるいは国内でパブリックに利用できるデータの整備といった部分も、先端的なデジタル技術開発の分野として捉えるべきです。NTTのように光電融合に焦点を当てるのも戦略の一つですし、量子コンピューターに挑戦するのも選択肢でしょう。日本として先端デジタル技術をどう発展させるのかについては、議論が活発化するよう政府にも働きかけていきたいと考えています。
――労働集約型の価値基準の役割を果たしてきた人月型の受託開発ビジネスは、価値創造型の事業モデルに転換する過程でどうなりますか。
最も多くの工数と人月を必要とするプログラム開発が、AIによって自動化されるのであれば、少なくとも開発工程で人月単価を設定するのは不可能になりますよね。プログラムの開発規模は通常、ステップ数で数えるのですが、ステップ数で管理できない、例えば要件定義より前の工程に当たる業務分析や事業変革コンサルティングなどは、プログラムの開発工程よりも自動化しにくい領域です。コンサルティングや業務分析、要件定義ができる技術を持つ人の人月単価は、市場で需要がある限り、上昇していくべきです。
「何でもできる」は通用せず
――ステップ数で測れない部分で、かつ需要がある技術やスキルを持っている人は、引き続き大きな価値を生み出せると。
コードの書き手がAIによって無限に供給できるということは、その部分の単価は限りなくゼロに近づくわけですが、例えば、受注金額ベースで数十億円規模の大規模プロジェクトを滞りなく進められるプロジェクトマネージャーは、供給が非常に限られるため、市場価値は依然として高いままです。ネットワークやサイバーセキュリティーといった分野で、どの企業も欲しがるような高い特殊な技術を持っている人は、需要に対して供給が限られるので、たとえ人月単価でカウントしたとしても、月額数百万円、あるいは数千万円の値がつくことも予想できます。
――需給だけでなく、ユーザー企業の売り上げや利益を増やすのも重要な価値創造の基準ではないでしょうか。
もちろん、誰もがユーザー企業の事業の成功を願うのですが、成功報酬型に踏み込めるかと言えば、意見が分かれるところです。プロジェクトの責任分界点を明確にして、「ここまでの瑕疵責任は負うけれども、ここから先はお客様の責任です」と長らくやってきたものを、いきなりユーザー企業のビジネスの成否にコミットするほどのリスクは取れないと考える人も少なくないのではないでしょうか。
極端な話、例えば創薬のシステム開発で、非常に難易度の高い新薬開発に成功すれば報酬を得られるという契約は、さすがにリスクが高すぎます。そうではなく、ユーザーが何を求めているのかを踏まえた上で、いくつかの指標を決めて段階的に達成していくのも方法の一つだと思います。
――大手元請けのSIerは価値創造のモデルに移行できたとしても、中小下請けの業態では難しいのでは。
垂直分業型が多重下請け構造になりやすいのは事実ですし、ステップ数で測れる部分がAIで代替されていく状況を踏まえると、役割ごとの水平分業への移行が急がれます。AIなりセキュリティーなりの、「ある分野の尖った技術を持った技術者が20人います」といった中堅・中小SIerは、水平分業で強みを発揮します。逆に「何でもできます」では、企業の規模を問わず厳しくなると思います。
また、世の中で標準的に使われているSaaSを組み合わせた「ベストオブブリード」を採用する動きも盛んですが、生成AIで開発単価が下がるのなら、全部個別につくったほうがいいのではないか、という議論にもなるでしょう。とはいえ、他社の商品や技術に依存するだけでは、原価にいくらかの利潤を乗せるかたちでしか値付けはできません。ここ数年、オファリング型のビジネスという言葉がよく聞かれますが、商品やサービスを並べることがオファリングなのではありません。情報サービス産業の仕事は、他社にはない尖った技術オファリングであるべきです。IT企業の経営者は、これまで以上に技術オファリングを強化するため、人材育成も組織のあり方も、大きく変えていく必要があります。
眼光紙背 ~取材を終えて~
企業や社会がデジタル技術に依存するようになって久しいが、AIの登場でそれがさらに加速する見込みだ。AIが今後どう進化していくのか、着地点が分からない中でも、「情報サービス業界は、社会のデジタル化をリードすることが価値創出につながる」と、福永会長は話す。
デジタル化の先導役を目指す理由は、単に収益構造をAI時代に対応させるためだけではない。福永会長には「システムインテグレーションなる事業、あるいは産業の、社会的なポジショニングを上げたい」との思いがある。長年の受託開発ビジネスで染み込んでしまった、「受注者」側というマインドを捨て、企業や社会のデジタル化推進とその結果に責任を主体的に負う役割へと、SI業界は変わることができるだろうか。
容易な道ではないが、このステップアップを実現できなければ「社会のデジタル化なんて進むわけがない」。SI業界の存在意義を社会に訴えていく。
プロフィール
福永哲弥
(ふくなが てつや)
兵庫県生まれ。1983年、東京大学経済学部卒業。同年、日本長期信用銀行入行。90年、米カリフォルニア大学バークレー校経営学修士課程修了。99年、チェースマンハッタン銀行入行。2000年、ライコスジャパンCFO。03年、住商エレクトロニクス(現SCSK)取締役常務執行役員CFO。05年、住商情報システム(現SCSK)取締役執行役員。08年、取締役常務執行役員。14年、SCSK取締役専務執行役員CFO。22年、取締役執行役員副社長。23年、情報サービス産業協会会長に就任。24年、SCSK参与シニアフェロー(現職)。
会社紹介
【情報サービス産業協会】1970年に発足した日本情報センター協会とソフトウェア産業振興協会の2団体が84年に合併して設立。主にSIerからなる情報サービス業界の業界団体で、500あまりの企業・団体などで構成されている。