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<きまぐれクラウド観察記 第2回>ASPIC内でのSBC派とWBC派の攻防戦――SaaSパートナーズ協会 専務理事 松田利夫

2010/09/30 16:04


Salesforce.comの台頭とSaaS

 つまり、SaaSという“バズワード”は、Salesforce.comによるマーケティング戦略のために利用され、世に広まったというわけだ。同社は、さらに差異化を推し進め、事業拡大を図るために、2005年には独自のアプリケーション交換サービス「AppExchange」を発表し、続いて2007年にはPaaSと自称するソフトウェア開発運用環境「Force.com」の提供へと歩を進めた。

 Salesforce.comは、サービス・モデルを技術的により下位の層へと拡張したのである。こうしてソフトウェア開発運用環境をサービスとして提供し、そこへパートナーが開発したソフトウェアを集積することによって、開発運用プラットフォームの提供者自らの事業基盤を強化するPaaSというサービス・モデルが市場に認知されるようになったのだ。

 「クラウド」という“バズワード”がはやるきっかけとなった「クラウド・コンピューティング」という概念は、GoogleのCEOエリック・シュミット氏が06年の検索エンジン戦略会議で提言したのが最初とされる。彼がSun Microsystemsの最高技術責任者だったことを考えると、同社の提言「The network is the computer」との関連性も意識せずにはいられない。

 Googleは、いまやメール、カレンダー、ワープロ、表計算、プレゼンテーションなど、いわゆるオフィス・デスクトップ・アプリケーションに加えて、アプリケーション開発運用環境「Google App Engine」をも提供するまでに至った。つまり、かつてFutureLinkやSalesforce.comが示したASP、SaaS、PaaSと称されるサービス・モデルを、自ら提言した「クラウド・コンピューティング」という概念と独自の技術的フレームワークに基づいて、より洗練されたかたちで市場に提示したのである。

 ところで、VMwareが仮想アプライアンスのマーケットプレイスを2006年から開設しているのをご存知だろうか? 意外と一般に知られていないのだが、これも気に留めておきたいサービス化の流れの一つである。そして、一昨年来、Amazon Web ServiceのEC2やS3というサービスが注目を浴びている。それぞれ仮想アプライアンス・サーバやストレージ機能をオンデマンドで提供するサービスである。

上位層のサービスが下位層へ浸透

 とくにEC2は、VMwareによる仮想アプライアンスのオンライン販売モデルを、仮想アプライアンスに実行・運用環境を組み合せたオンデマンド・サービス・モデルへと昇華させたものと解釈することができる。このサービス・モデルはIaaSと呼ばれ、WBCばかりでなくSBCをも受容する多用途性の高さから、瞬く間に市場の需要を喚起した。実際、EC2を利用して提供されているサービスには、WBC系ばかりでなく、SBC系のシンクライアント技術や仮想デスクトップ技術を利用したものもある。

 さて、このように一連の“バズワード”の移り変わりをたどってみると、この10年という年月をかけて、アプリケーションに始まり、アプリケーション開発運用環境へ、そして仮想アプライアンス・サーバーへと、提供されるサービスが技術的に、より下位の層へと徐々に広がってきたことがわかる。

 これは、上位層のサービスが下位層のサービスの需要を喚起し、各層のソフトウェア技術がサービス化を指向して洗練され、構築すべき各層のサービス・モデルが市場からの要求に促されて徐々に明らかになってきたことによる。逆に、下位層のサービスが整備されてきたことによって、より上位層のサービスの開発運用が技術的にも経済的にも容易になった。以上のような変遷のなかで、今日、IaaS、PaaS、SaaSという3つのサービス層をまとめて「クラウド」と総称するに至ったのである。

・次回に続く

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BCN Bizline編集部

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