石川県の商工労働部が立てたIT関連施策の実行組織である石川県産業創出支援機構(ISICO)は、“ニッチ市場”と呼ばれる特定分野向けのIT商材を展開しようとする中小IT企業をサポートしている。営業やマーケティングに関する支援を受けて、実際に自社ソリューションの開発・提供に取り組むIT企業の事業が芽生えつつある。(取材・文/真鍋 武)
外部環境を利用してIT企業を触発
ISICOは、県内の中小IT企業に対する支援策として、自社商材の開発・販売に意欲的なITベンダーを対象に「ITビジネス塾」を開催している。2008年に15社の企業でスタートして、現在は約30社が参加している。活動内容は、ニッチ市場向け商材を展開する東京の成功企業の経営者を石川県に呼んで、講演会・交流会を開催するというものだ。競争力の激しい東京での成功事例を、県下の中小IT企業に参考にしてもらい、同時に東京都とのコネクションをつくろうとしているのだ。
また、受託ソフト開発を中心事業としてきた企業は、営業やマーケティングに関するノウハウが乏しいとみて、「企画・提案力セミナー」を開催。ここには、IT企業だけでなく、地元の中小企業も参加するよう呼びかけている。「IT企業間の連携を深めるだけでなく、石川県の中小企業のIT化を進めるきっかけとする狙いがある。実際、県内の中小企業では、いまだに約35%しかホームページをもっていない」(ISICOの越田幸一ITアドバイザー)という。
さらに、自社商材を展開する企業の営業支援として、2010年から東京で開催される国内最大規模のIT展示会「ITPro EXPO」にISICOとして出展し、県内IT企業の商材を県外に対してアピール。また、IT企業の自社商材の販売先は国内だけではないとみて、参加企業とともに韓国やベトナムなどの海外を視察している。こうした活動によって、「ITビジネス塾」の参加企業は、外部環境の触発を受けたり、営業力を強化したりして自社ビジネスの成功につなげている。

ISICOは主に3人のアドバイザーでIT企業を支援している。左から越田幸一ITアドバイザー、尾井一秀産業振興部長、山崎義彦アドバイザー「自分ではできないこと」を支援

アクロス
ソリューションズ
野村充史社長 実際に、ISICOの支援を受けて自社商材を生み出すことに成功している企業がある。受託ソフト開発が中心事業だったアクロスソリューションズ(野村充史社長)は、中小企業向けの受発注システム「MOS」を開発した。スマートデバイスを通じて受発注する仕組みで、これまでのFAXや電話を利用しての非効率な受発注業務を改善することができる。コスト高なEDIシステムを利用できない中小企業に向けたニッチ製品だ。
野村社長は、「価格設定や営業方法の面でISICOが支援してくれるので、助かっている」という。ISICOの紹介を受けて、情報通信研究機構(NICT)が主催するベンチャーコンテストに参加するなど、プレゼンテーション力の向上に努めている。「MOS」はすでに10社以上に納入しており、現在、同社の売り上げの約2割を占めるまでに成長した。野村社長は、「今後は、基幹系システムを提供するITベンダーと協業して、受発注データの連携などをできるようにして、『MOS』の販売につなげたい」と意欲をみせている。

エイブル
コンピュータ
新田一也代表取締役 能美市のエイブルコンピュータ(新田一也代表取締役)も、以前は受託ソフト開発を中心としていたが、現在はスマートフォンアプリ「FileCrane」を中心に、自社ソリューションの売り上げが拡大している。「FileCrane」は、「Dropbox」や「Evernote」などのオンラインストレージに保存したファイルを、ドロップ&ドラックで簡単に移動・コピーできるアプリだ。新田社長は、「タッチ操作で簡単にデータ移行できるアプリは少ない。この技術力が認められて、上場企業との契約に成功した」と好調ぶりをアピールする。
アプリを開発した背景には、ISICOの海外視察が影響している。新田社長は、「韓国を訪れたときに、当社と同じくらいの規模の会社が世界に進出している姿をみて衝撃を受けた。同時に、自分たちでもできると思った。現在は、受託ソフト開発の案件を断ってまで、自社ソリューションの展開に注力している」と、ビジネスモデルを本気で転換する意思を示している。

全景
荒井芳仁代表取締役 建設・不動産業に特化したパノラマVRコンテンツ制作システム「Zenkei Curator」を開発・販売する全景(荒井芳仁代表取締役)は、ISICOの海外視察を利用して、海外の販売パートナーの獲得を目指している。荒井社長は、「地方の中小企業は、自力ではなかなか海外での視察や商談の場を確保することができない。そのための場づくりをしてくれるISICOは頼もしい限りだ」と話した。
中小IT企業には、すぐれた製品を開発する技術がある。問題は開発しても、マーケティングや営業のノウハウがないということだ。ISICOは、自社商材の展開という点に的を絞っているからこそ、そこに向けた支援ができるのだ。
次回は、石川県内で、自力でニッチ市場向け商材の展開に成功している企業を紹介する。