この連載は、IT業界で働き始めた新人さんたちのために、仕事で頻繁に耳にするけれど意味がわかりにくいIT業界の専門用語を「がってん!」してもらうシリーズです。
柴田克己(しばた・かつみ) ITをメインに取材・執筆するフリーランスジャーナリスト。1970年、長崎県生まれ。95年にIT専門紙「PC WEEK日本版」の編集記者として取材・執筆を開始。その後、インターネット誌やゲーム誌、ビジネス誌の編集に携わり、フリーになる直前には「ZDNet Japan」「CNET Japan」のデスクを務めた経験がある。
アップグレードとはどう違う?
古いシステムから新しいシステムに「移行する」という意味で、IT業界では「マイグレ(マイグレーション)」という言葉を使うことが多い。
マイグレと似たような意味で「アップグレード(バージョンアップ)」という言葉があるが、マイグレとは意味が微妙に異なる。「ソフトをアップグレードする」といった場合、例えば「Office 2010から2013へ」というように、主にソフトのバージョンを古いものから、新しいものに変えるという意味になる。「製品(ハードウェア)やソフトウェアのバージョン(版)を新しくする」ときに使う。
では「マイグレ」はどうか。お客様と新入社員との会話のなかで、「XPマイグレ」という言葉が出てきた。これは、単純に「OSをアップグレードする」という意味ではない。Windows XPは13年前に発売されたOS。最新のWindowsに入れ替える場合、現在、業務のために使っている周辺機器やソフトが、新OSで問題なく動くかどうかを事前に調べる必要がある。もし動かないなら、対応方法を考えなければならない。それだけでなく、今回のような「サポート切れ」をきっかけとして移行するのであれば、作業が終わるまでの間、OSをできる限りセキュア(安全)に保つ方法を考えなければならない。単純に「新バージョンをインストールする」だけでは済まないのだ。
このように、「マイグレーション」という場合には、製品の入れ替えが他システムや業務に与える影響も考慮して、問題が起きないように「お膳立て」をするところまでを指して使われるケースが多い。
製品よりも業務にフォーカス
「XPマイグレーション」のほかにも、IT業界には、いくつかのマイグレブームがあった。
その一つは「レガシーマイグレーション」だ。レガシーは「遺産」という意味だが、IT業界では主にメインフレームやオフコンなど、1970~80年代に普及した独自仕様のコンピュータを指す。90年代以降、「オープン(汎用的な)コンピュータ」が広く使われるようになってからは、レガシー環境で動いていたシステムを、オープン環境へマイグレーションしようという動きが高まった。アーキテクチャ(基本設計)もOSも異なる環境への移行には、十分な事前準備が必要で、SIerはそのノウハウを「レガシーマイグレーションソリューション」として販売する。
もう一つは「ノーツマイグレーション」である。「ノーツ」とは「IBM Notes(旧Lotus Notes)」のこと。90年代前半に登場したNotesは、グループウェアの元祖ともいえるソフトで、日本でも多くの企業が導入した。独自の業務アプリケーションソフトを容易に開発できる環境があって、企業やSIerによるカスタムアプリも大量につくられた。
90年代後半から、企業のシステムは、「ウェブ」を中心とするものに変化し、「クライアント/サーバー」全盛の時代に生まれたNotesは、そのトレンドに追従するために短期間でバージョンアップを重ねたが、多くの企業はそれについていけず、新バージョンへの移行が滞った。古いバージョンのNotesのサポートが終了すると、企業はNotesのデータ資産を抱えて途方に暮れることになった。すぐに他の製品に乗り換えようとしても、Notesが深く業務に関わっていて難しい。そんな悩みを抱える企業が増えたのだ。そこで、他のグループウェアベンダーやSIerは、既存のNotes環境とデータを新たな環境へ移すためのコンサルティングやツールを提供するようになった。これがノーツマイグレーションである。この動きは10年ほど前から盛んになり、現在も続いている。
これらのマイグレーションからは、製品単体や技術的な構成要素よりも、その上で動いている業務プロセスや情報資産に注目し、それを別のシステム上で運用できるようにするという意味合いがある。マイグレーションという言葉のもつ意味は広いことを覚えておいていただきたい。
Point
●マイグレーションは、「古いシステムを新しいシステムに移行する」こと。移行で発生する周辺システムの刷新までを指して使われることが多い。
●アップグレードとは違い、マイグレーションでは技術要素よりも「業務」の移行に着目する。そのため、移行先のシステムが移行元とまったく異なるアーキテクチャやソフトのケースもある。