この連載は、IT業界で働き始めた新人さんたちのために、仕事で頻繁に耳にするけれど意味がわかりにくいIT業界の専門用語を「がってん!」してもらうシリーズです。
柴田克己(しばた・かつみ) ITをメインに取材・執筆するフリーランスジャーナリスト。1970年、長崎県生まれ。95年にIT専門紙「PC WEEK日本版」の編集記者として取材・執筆を開始。その後、インターネット誌やゲーム誌、ビジネス誌の編集に携わり、フリーになる直前には「ZDNet Japan」「CNET Japan」のデスクを務めた経験がある。
ネット家電<M2M<IoT
「IoT(Internet of Things)」に関しては、だれが訳したのか「モノのインターネット」という日本語が使われる。正岡子規が生きていたら、もっとましな日本語訳をしてくれそうだが、外来語が氾濫する今は、日本語に対する感性が鈍ってしまったのかもしれない。いずれにせよ、意味が通じにくいからか、「モノのインターネット」を単体で用いることはなく、IoTの説明で軽く使われるのが一般的だ。逆に「『モノのインターネット』では意味がわからないですよね」と、雑談のネタになることもある。
肝心のIoTの意味だが、実は、その言葉を使う人やベンダーの立場や業界によって微妙に異なる。「ネット家電」や「M2M(Machine to Machine)」とどう違うのかと、疑問に思うのも無理はない。IoTを「あらゆるモノがインターネットにつながっている状態」とするのなら、ネット家電やM2MもIoTと同類ということになるからだ。
例えば、機械と機械がネットワークを通じて通信しあう形態をM2Mと呼ぶが、ネット家電はその一分野として位置づけることができる。M2Mは、業務用機械の制御や監視など、家電以外の分野でも使われている。
近年とくに注目されているIoTも、M2Mと無縁ではない。実は、規模や適用分野の拡大に合わせて、M2Mでは表現しきれなくなった概念を意味する言葉として、IoTが使われているのだ。つまり、「ネット家電<M2M<IoT」という関係になる。このように、人や立場などによって違うIoTの意味だが、実はほとんどに共通している考え方がある。それは「機械がネットワーク上に流すデータを活用して、より付加価値の高いサービスを実現する」ということ。くわしく説明しよう。
ビジネスの可能性が広がる
これまでの製造業は、モノを売ることがビジネスの最終目標だった。モノに「ネット接続」の機能をつけることは、「これを買うとネットにも接続できて便利」という程度で、あくまでもモノの価値を高める補足手段にすぎなかった。ところが、あらゆるモノがネットに接続しやすくなったことによって、状況は変わってくる。モノが発信するデータを活用した「サービス」を提供するという新たなビジネスが展開されるようになったのだ。
例えば、最近のオフィス向け複合機は、内部のセンサを使った自己診断機能や、そのデータをネットワーク経由で送る機能などを装備している。複合機の調子が悪くなってサポートセンターに連絡すると、自己診断のデータを確認して、適切な修理の段取りをつけてくれる。ただし、この段階は、あくまでも「従来のサポート業務の効率化」を目的としたもので、M2Mの事例といえる。
IoTは、その先を行く。複合機からさまざまなデータをメーカーが常に取得し、故障の予兆が確認された場合には、ユーザーから不調の連絡が来るまえに、修理に必要な部品などを用意しておく。最適なタイミングで、消耗品を補充したり、新製品を提案したりといった新たなサービスや、拡販への展開も考えられる。ここまでやってこそ、IoTなのだ。
このようなサービスとしてIoTを実現するには、単に機器にネット接続機能をつけるだけではダメ。データの処理に必要なネットワークやシステム基盤の確保、新たな業務プロセスの構築などを考えなければならない。
センサや通信機器の小型化と低価格化、データ収集のシステムを安価に構築できるクラウドの普及といった要因から、さまざまなモノがIoTの対象になり、業界や分野に関係なく、新たなビジネスチャンスが広がっている。IoTに注目と期待が集まっているのは、M2Mよりも幅広い市場分野とビジネスレイヤにインパクトのある概念だからなのだ。
Point
●「IoT」は「Internet of Things(モノのインターネット)」の略。あらゆるモノがインターネットに接続し、相互にデータを送り合う環境を意味する。
●従来の「M2M」と「IoT」との違いは、ネットにつながった機器が生みだすデータをもとに、「IoT」がより付加価値の高いサービスを展開することを前提にしている点。幅広い業種・業界とビジネスレイヤに変化をもたらす概念で、そこから生まれる事業機会に期待が集まっている。