【VIET NAM】オフショア開発で隆盛、最有力国として定着か
オフショア開発の拠点として、ベトナムを選択する日系ITベンダーが増えている。ベトナムは、これまでオフショア開発の中心地域であった中国やインドと比べて、コストが安いだけでなく、若くて優秀な人材が豊富。また、物価上昇に端を発した不況のせいで、人材の供給量が増え、賃金を抑えやすい状況にある。さらに、ベトナム政府が外資系ITベンダーの誘致に積極的なことも、進出を後押しする要因となっている。
オフショア開発先としてベトナムに進出する日系企業が増えている。情報処理推進機構(IPA)の調べによると、ベトナムにソフト開発の一部を発注している日本のITベンダーは、2008年は13.9%だったものが11年は23.3%。9.4ポイントも増えており、この数値はインドや中国を上回る。
ベトナムでソフト開発者の紹介業を手がけるアイコニックの安倉宏明社長は、「2012年に、約20社の日系ITベンダーがベトナムでオフショア開発業を行うための支援、ベトナム人の開発者紹介を手伝った。この勢いは今も止まってはいない」という。
ベトナムのオフショア開発が盛況な理由の一つは、コストが低いことだ。オフショア開発の主流地域である中国やインドの各地域と比べても、ベトナムは人件費が安い。ASEANでは、ミャンマーなどの一部の国がベトナムよりもさらに人件費が安いが、インフラの整備状況や日本からのアクセスのよさを考慮すれば、ベトナムに分がある。
また、若い開発者を確保しやすい環境も魅力だ。IT技術者の数は、中国やインドの30分の1程度だが、ベトナムの平均年齢は30歳以下と若く、上位校のハノイ工科大学や、ベトナムのITベンダー最大手であるFPTが設立した「FPT大学」では、日本企業の要望に適したソフトを開発できるように、オリジナルのプログラムを設けて教育している。
ベトナム経済が停滞していることも、外資系オフショア開発企業の人材確保をしやすくしている。ベトナムのGDP成長率は、ここ数年で5%前後で推移しているが、物価上昇率がそれをはるかに上回って11年は前年比18.6%増。倒産する企業が急増し、ベトナム国家金融監督委員会(NFSC)によると、今年1~4月の企業倒産件数は前年に比べて16.9%増加した。「不景気によって、ベトナムのソフト開発業が倒産して失業者が増えたので、新たに参入した外資系企業は、失業したソフト開発者を採用しやすい」(安倉社長)という構図ができ上がった。
今年3月にオフショア営業拠点を設けたソフト開発のオロの日野靖久ゼネラルディレクターは、「予想以上に採用しやすい環境。応募をかけた日に数十人から問い合わせがあって、その大半が東京大学のような上位校の人材。採用人数を当初予定よりも20人増やすことに決めた」という。
オフショア開発業の進出は、政府の支援策も後押ししている。2003年から日系ユーザー企業向けのオフショア開発業を手がけるISBベトナムの伊藤修社長は、「ソフト開発業は法人税を免除するなど、ベトナム政府もIT産業の育成に力を入れている」と説明する。ベトナムの一般法人税は25%だが、ソフト開発企業は営業開始後に4年間の免税などの優遇制度が設けられている。ベトナム政府には、外資系ITベンダーの誘致を進めたい思惑があるのだ。

発展するホーチミン市●急成長のITベンチャー エボラブルアジア
“ラボ型”オフショア開発で成功 
エボラブルアジアの大山智弘社長 ホーチミン市のエボラブルアジア(大山智弘社長)は、ITベンダーの下請けではなく、ユーザー企業の元請けとして、ベトナム人を活用したソフト開発事業を展開している。
同社の戦略は、顧客のプロジェクトマネージャーに常駐もしくは出張ベースでエボラブルアジアの開発拠点に来てもらうというもの。同社では、このスタイルを“ラボ型オフショア開発”と呼んでいる。
大山社長は「通常のオフショア開発では、Skypeなどの音声通信によってやり取りするケースが多いが、これではコミュニケーションロスが発生してしまう。ベトナムのスタッフと直接やり取りをしてもらうラボ型開発であれば、思い通りに開発できる」と説明する。
ユニークな点は、「顧客のオフショア開発に携わる当社のエンジニアの“人事権”を、顧客にもたせている」(大山社長)こと。顧客はエボラブルアジアのスタッフを自由に選定して使うことができ、適したスタッフがいなければエボラブルアジアが採用を手伝う。大山社長は「顧客の要望に合わせて開発者を容易に確保できるのもベトナムだからこそ。オフショア開発は、コストばかりに焦点を当てられるが、その本質は、いかに顧客に適した人材を即座に用意することができるかだ」と説明する。
同社は昨年3月に25人で設立したが、すでにおよそ20社からオフショア開発案件を獲得した実績がある。業容拡大に合わせて、今年5月末時点ですでに140人にまで人員が拡大している。大山社長は「年内に300人にまで増やして、ベトナムで最大規模の日系オフショア企業にしたい」と意欲をみせている。
(取材・文/真鍋 武)
【MALAYSIA】大手SIerが進出、シンガポールに次ぐ有望国か
ASEAN加盟国のなかでマイナーなマレーシアだが、シンガポールと同じくらいに社会インフラが充実し、英語を話す人材が多い。経済成長率は5%以上をずっと維持しており、今後はシンガポールと同じくASEAN地域の中心的な存在になる可能性を秘めている。一部の大手SIerは、ビジネスチャンスを感じて、マレーシアに進出し始めた。
マレーシアは、意外に知られていないが「住みやすい国」として日本人の評価は高い。マレーシアに住む外国人で最も多いのは、日本人(2011年時点。2012年は第2位)。治安のよさ、日本に比べて約3分の1の物価、不自由なく使える電気・ガス・水道、災害の発生しにくい土地に魅力を感じて移り住む人が多い。GDPも上昇し、「ブランド品が売れ、美容院やネイルサロンなどが流行し始めたというように、消費のあり方が変わってきた。豊かになっている証だろう」(NTTコミュニケーションズマレーシア法人の小野潔COO)。マレーシアの人口は、東京都と神奈川県、埼玉県の合計人口とほぼ同じで約3000万人。マーケットとしての魅力は十分にある。
マレーシアは製造業がダントツに多く、日本のユーザー企業もいくつか工場進出している。今年だけでも、マツダや大日本印刷、東洋ゴムといった大手が工場の新設を発表している。ただ、最近ではタイに工場を構える日系企業が多く、押され気味。そこで、政府が誘致に積極的で増加しているのが、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業者。とくにコールセンターが多い。マレーシアは、他のASEAN加盟国よりも、複数の言語を話す人が多く、マレー語、英語、中国語ができる。「この三つの言語をカバーできれば、ASEANの主要国で言葉が壁になることはない。ASEAN全体をサポートするコールセンターをマレーシアにつくる動きが活発だ。例えば富士ゼロックスは、ASEAN全域をカバーするコールセンターを設置している」(マルチメディア開発公社の杉山尋美日本代表)。
マレーシアで強いITベンダーは、インフラ系のソフト開発に強いマグニシアや、SIerのサンウェイグループ、政府機関のITシステム構築・運用に強いパドゥ、データセンター事業者はマレーシアに五つのDCを設置するGSFなど。外資系は多くないのがマレーシアのIT市場の特徴で、日本のSIerも少ない。ただ、その状況が変わってきた。アジア進出を考えるうえで、社会インフラもビジネス環境も整ったマレーシアに魅力を感じた日本のSIerが、進出するケースが目立ってきた。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)と日立サンウェイはその代表例。大手SIerが参入を決断したことで、今後、複数の日系SIerが進出する可能性が高まっている。

マレーシアのIT産業集積地「サイバージャヤ」には、富士通やパナソニックといった大手日系企業が拠点を構える。発展途上で、今も大型オフィス施設を建設している●現地企業と組んで挑む大手SIer 日立システムズ
ASEAN攻略の一歩に 日立システムズは、今年4月、マレーシアの大手企業であるサンウェイグループのIT関連企業と合弁で、日立サンウェイインフォメーションシステムズを設立し、マレーシアに初進出した。日立システムズは海外売上高比率を10%に高める目標を掲げるなかで、すでにビジネスを展開している中国に加えて、高い経済成長が見込める国が複数存在するASEANに着眼した。「タイ、マレーシア、インドネシアは必須」(日立サンウェイインフォメーションシステムズの齋藤眞人会長)と考え、マレーシアの財閥系企業のサンウェイに声をかけた。2011年9月から交渉が始まり、51%の出資比率を勝ち取って、合弁会社設立に至った。「別の日系ITベンダーからも協業の提案をもらっていた」(Cheah Kok Hoong CEO)なかで、サンウェイが日立システムズを選んだのは「日立のブランド力が大きかった」という。「サンウェイグループのIT事業は、マレーシアにとどまらず、ASEANを広範にカバーしたい。その時に日立のブランドが生きる」(Cheah CEO)と考えた。サンウェイ側には「親会社の日立とも協業したい」(Cheah CEO)との思いもある。

サンウェイの本社ビルと日立サンウェイインフォメーションシステムズのCheah Kok Hoong CEO サンウェイと日立システムズともに共通している狙いは、ASEANを幅広く攻めること。Cheah CEOは、「シンガポール、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンの順でビジネスを強化する」と語り、マレーシアを起点にASEANに攻め入る計画を立てている。
(取材・文/木村剛士)