富士通完全子会社の富士通システムズ・イースト(FEAST、石川享社長)は、中小企業にクラウドを販売する新会社「富士通システムズアプリケーション&サポート」を12月2日に設立する。FEASTは約5200人の従業員を擁するSE会社で、大・中堅規模の企業に向けたシステム開発・クラウドサービスに強いが、既存事業だけでは持続的成長は困難と判断。新しいターゲットとして、年商50億円以下の中小企業に照準を合わせた。当面は国内の営業を中心に据えるが、将来は海外にも打って出る。富士通グループ屈指のSE集団が、激戦区の中小企業向けクラウド市場に挑む。(木村剛士)
専門性の高いクラウドに特化

FEASTの石川享社長。富士通では自治体、官公庁、地方、海外向け事業の責任者を歴任した FEASTは、富士通グループのなかで最も大人数のSEを抱えるITベンダーで、東日本のユーザー企業・団体向けにソフトやシステム、ITサービスを提供している。富士通が受注した大規模プロジェクトの開発業務を担うほか、自社の営業担当者による直接提案で、主に中堅企業のユーザーを獲得している。年商は1358億円(2013年3月期)で、顧客数は約7000社に達する。
新会社の富士通システムズアプリケーション&サポートは、FEASTの100%出資会社として資本金1億円で設立する。従業員数は170人で、宮城県仙台市に本社を置く。代表取締役社長は、FEASTの八田信・取締役執行役員常務が兼任する。中小企業に向けたクラウドの販売を事業として、FEASTがもつソリューションのなかで中小企業のニーズに合致するものを選りすぐり、クラウド化して提供する。サービスメニューは、どの業種にも適した汎用的機能をもつクラウドではなく、特定の業種に特化した専門性が高いものを選ぶ。「ニッチ領域でもNo.1になるもの」(石川社長)を選定するというわけだ。
第一弾は図書館業務を支援するサービスで、その後は、食品業の基幹業務支援サービスなどを予定。また、クラウドの提供にとどまらず、関連する業務を代行するビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)サービスも加えて提供するモデルも考えに入れている。目標の売上高は「早期の100億円突破」(八田取締役)に定めた。そのために、まずは20項目のクラウドメニューを揃えることを計画している。
既存SI事業に危機感

FEASTの取締役で新会社の社長を兼務する八田信氏。前職は東北のSE会社、富士通東北システムズの社長 新会社設立の裏には、石川社長の危機感がある。FEASTの売上高は順調に伸びているものの、「SI事業の縮小は今後避けられない」と石川社長はみている。長期の持続的成長には、既存事業でターゲットにしていなかった企業を取り込むことが必須と判断した。潜在需要がある中小企業に着眼して、ターゲットとする中小企業には比較的少額の費用で導入できるクラウドが相性がいいとみて、新会社のビジネスモデルを策定した。
別会社を設立して事業を展開するのは、既存のシステム開発事業とは異なるビジネスモデルであることと、権限を委譲することによる経営判断の迅速化を図るため。仙台市に本社を設置した狙いは、「地域の優秀な人材を活用することができることと、(雇用創出による)地域への貢献」(石川社長)にある。
FJMとの協業で営業体制整備
FEASTは、ソフト開発スキルの高さと多くのSEを抱えるボリュームを武器としているが、全国の中小企業にアプローチできるほどの営業力はない。対象企業も多いだけに、FEASTのメインターゲットである大企業・中堅企業向けの営業方法とは違うやり方も求められる。それを補うために、今回の新会社がもつクラウドの販売では、富士通グループで中堅・中小企業(SMB)向けSI事業に強い富士通マーケティング(FJM、生貝健二社長)と手を組む。
すでにメニュー化が決まっている図書館向けサービスを除き、FJMが総販売元となってユーザーに届ける仕組みをつくることでFJMと合意し、今後、詳細を詰める。FJMはIT機器の販売やシステムの開発を得意とするが、FEAST同様に、既存のSI事業では成長を持続できないとみてクラウド事業を強化しているところで、FEASTの戦略とぴったり合致した。
ASEAN進出も視野に
中小企業向けクラウドを始めたのは、実は、国内だけを想定した戦略ではない。海外事業の強化施策の一環でもある。
石川社長は海外事業に意欲的で、主にASEAN加盟国を昨年から精力的に視察。今年度から海外市場の開拓を本格的に進めている。「日本の中心企業に適したクラウドは、発展途上にある海外の中堅・大手企業、日系の現地法人にもマッチするという感触を得た。今回、新会社が用意する日本の中小企業向けクラウドは、言語の問題を解決すれば、そのまま海外に移植しても十分受け入れられる。そのようなものを選んでメニュー化する」(石川社長)という戦略だ。つまり、今回の新会社は、中小企業と海外企業という二つのターゲットを開拓する役割を担うわけだ。新会社の目標である売上高100億円のうち、国内で70%、海外で30%を稼ぐシナリオを描いている。
表層深層
中小企業向けのクラウドは、多くのISVやSIerが力を入れる激戦区。専門性が高く、特定の業種の業務を支援することに特化したソリューションを武器に、大手や中堅企業を数多く獲得してきたFEASTが、中小企業にその武器を移植して、どこまで受け入れられるのか。
今回の戦略でポイントになるのは、FJMの存在だろう。FEASTが自社の営業力の弱点を認識して、SMBに売り込む営業力をもっていて、傘下に約400社のパートナーを抱えるSMB専門会社のFJMに協業を打診し、協業体制を築いたことは大きい。「餅は餅屋」というわけだ。こうした子会社同士の協業体制は富士通のほかには、NECや日立製作所といったグループ会社を多く抱える企業でも、実はあまりみられない。自社の強み・弱みを把握し、分業体制を敷いたことはユニークだ。営業のFJM、SE力のFEASTのタッグが、どこまで難攻不落のSMB市場を開拓できるか。今後の販売状況は注目に値する。他社もSMBに力を入れているが成功のモデルケースはほとんどない。それだけにうまくいけば、今回のFEASTの戦略から学ぶことがたくさんありそうだ。