日本と中国のSIer同士の連携が新たなフェーズにシフトしようとしている。日本のSIerが中国でビジネスを手がけるには、中国の地場SIerとの協力関係を築くことが不可欠だ。しかし、中国の経済発展や産業構造の変化で、従来型のパートナーシップが制度疲労を起こしている。この特集では、今後10年を見据えた日中SIerの協業のあり方を探る。(取材・文/安藤章司)
日中連携は新たなフェーズへ
従来型の関係は制度疲労を起こす
●日中双方の思惑が交錯
中国におけるソフトウェア開発は、現地の人件費の上昇、為替の変動、手組みのソフトウェア開発そのものの減少など、大きな課題に直面している。日本のSIerと関係の深い中国の多くのSIer幹部は、「このままでは、10年先の見通しが立たない」と打ち明ける。中国市場の事情をよく知らない人は、「中国のSIerの台所事情が、日本にとってなぜ重要なのか?」と疑問を抱くかもしれないが、実は、ここが日本と中国の情報サービス業界の「特別な関係」を維持するポイントであることを見逃してはならない。
中国におけるソフトウェア開発のスタイルは、「日本向けのオフショアソフト開発」と「中国地場に向けたソフトウェア開発」の二つに大別できる。このうちの対日オフショアソフト開発は、20年余りにわたる歴史がある。情報サービス産業協会(JISA)の設立が1970年(前身団体も含む)であることから、日本の情報サービス業界の歴史の半分以上は日中合作でソフトウェアを綿々と開発してきた。日本のオフショア開発のおよそ8割は中国での開発で占められており、中国情報サービス業界団体「中国信息技術服務与外包産業連盟(CITSA=中国情報技術サービス・アウトソーシング産業連盟)」の推計によれば、中国の主要なSIer約3000社のうち、およそ300社が何らかのかたちで対日ビジネスを手がけているという。
日中情報サービス業界の「特別な関係」は、日本のSIerの「高品質なソフトウェアを安く、すばやくつくりたい」「中国の巨大市場で売り上げを伸ばしたい」というニーズと、中国のSIerの「対日ビジネスで売り上げを伸ばしたい」「日本の有力SIerの技術やサービスを導入して中国でのビジネスを拡大させたい」というニーズが合致して生まれたものだ。ところが、中国の人件費の上昇や為替の変動、ビジネスモデルの変化、さらには日中間の政治摩擦と反日感情が渦巻く厳しい状況下で、双方の思惑通りにはなかなか進んでいないのが現実だ。
●動き始めた中国のSIer

中国情報技術サービス・アウトソーシング産業連盟(CITSA)
曲玲年理事長
この膠着状態を打破するために、まず先に動いたのが中国側のSIerだった。中国業界団体の中国情報技術サービス・アウトソーシング産業連盟(CITSA)は、中国の主要都市や地域のITサービスやITアウトソーシングを手がけるITベンダー・SIerの業界団体が連携した連合会で、2013年11月に設立されたものだ。初代理事長には、北京服務外包企業協会(BASS=北京サービス・アウトソーシング企業協会)前理事長で、首席産業専門家を務める曲玲年氏が就任している。
狙いは大きく三つ。一つ目は「中国の国や自治体との関係強化」。二つ目は「加盟団体や企業の技術、営業力の向上」。三つ目は「相互交流や勉強会を通じての連携促進」。CITSAはすでに具体的な活動を始めており、その第一弾として、この3月に「中国対日信息服務企業連盟(中国対日情報サービス企業分科会)」を発足させている。会員団体・企業からのヒアリングに基づき、「優先度が高い」(曲理事長)と判断した。
「中国対日信息服務企業連盟」は、原文では「連盟」となっているが、実際はCITSAのなかの「分科会」の一つで、日本語訳では「中国対日情報サービス企業分科会」とした。
対日分科会では、CITSAに直接、間接に所属するおよそ300社を対象として、日系SIerやITベンダーとのこれからの関係をどう構築していくかなど、対日ビジネスに関して広く意見交換していく考えだ。CITSAは、この後、例えば中国国外向けの対策分科会として「対北米分科会」「対欧州分科会」などを開設する一方、中国国内向けには「金融分科会」や「通信分科会」など業種カットでの分科会の開設を計画している。
●実質30%のコスト上昇
CITSAは、対日分科会を中心として、(1)対日ビジネスの現状分析(2)日本のITサービス商材の中国市場への展開(3)ソフトウェア開発のコスト削減に向けた地方都市の活用などのテーマについて、重点的に話し合っていくものとみられている。曲理事長は、「漠然としたイメージではなく、数字に基づいて冷静に分析すべき」としており、対日ビジネスを手がける会員各社へのヒアリングや、交流関係にあるJISA、IT調査会社などからデータを入手し、まずは対日ビジネスで最も歴史の長い中国における対日オフショアソフト開発を調べてみることにした。
すると、いくつか興味深い事実が判明した。まずはコストの問題だ。日本円と人民元の為替変動の影響、人件費の高騰、オフィス賃料の上昇、福利厚生の充実などすべてのコスト増の要因を合計すると、直近の2013年は平均30%ほどコストが上昇しているが、対日オフショアビジネスにおける単価は15%程度しか上がっていない。つまり、コスト増に見合った値上げがなされておらず、コスト増を嫌う日系ITベンダーやSIerからの圧力と、現実のコスト増の板挟みになっている様子がうかがえる。
しかし、一方で日本ITベンダーやSIerが発注する中国オフショアソフト開発の金額の総量は「ここ数年、大きく増えてはいないが、減ってもいない」(曲理事長)と分析している。日本では、中国よりも人件費が安いベトナムやミャンマーでのオフショアソフト開発が有望視されるものの、実際には依然としてオフショアソフト開発の主力は中国が占めている。同時に中国のソフトウェア開発ベンダーは、対日オフショアソフト開発の利益幅が急激に小さくなっているにもかかわらず、意欲的に受注活動を行っている点に注目したい。お互いに厳しい状況にあるなかでも、痛み分けの関係を続けている点においても日中情報サービス業界の「特別な関係」がみて取れる。
富士通グループでソフトウェア開発を担当する北京富士通系統工程の丹下正昭総経理は「長期的な目標を共有できるビジネスパートナーを大切にしたい」と、いわゆる“ロングターム・リレーションシップ”を重視している。CITSAの曲理事長は、「日本からの発注額は減っていないが、受注する中国側のITベンダーは集約が進んでいる」という状況を説明し、競争に勝ち残った中国ベンダーがロングターム・リレーションシップを享受する構図にあると指摘する。
●パートナーとの新しい関係

北京富士通
系統工程
丹下正昭
総経理
日系ITベンダーやSIerからの要望が強いのは、中国オフショアソフト開発を通じて気心の知れた中国地場パートナーに、日系ベンダーが中国で売りたいITサービス商材を現地で売ってほしいということである。この点については、意欲のある中国ベンダーがすでに名乗りを上げている。日本からオフショアソフト開発を請け負っているすべての中国ベンダーがそうだというわけではないが、「今はまだ小さくても、近い将来、株式を上場して、そこで得た資金でM&A(企業の合併と買収)を行い、さらに成長する」と、上昇志向が旺盛なSIerも少なくない。
モデルケースを挙げてみよう。中国の青年実業家が2000年に起業し、複数の日系ベンダーからオフショア開発の仕事をもらいながら人員を拡充してきた。上流工程を含むノウハウを取得した段階で中国で株式を上場。そこで得た資金をもとに、中国の販売力をもつベンダーを中心としてM&Aを展開し、これまで取引のあった日系ベンダーの商材を中国市場へ売り込むという流れが想定できる。政治摩擦が続くなか、日系ベンダーが前面に出ることをよしとしない中国のユーザー企業もあるし、まとまったIT投資を行う体力のある国有系企業ともなれば、なおさらこうした傾向が高まる。
もう一つ、CITSAの対日分科会では、中国の地方都市へソフトウェア開発拠点を移していく必要性についても議論を深めていく。対日オフショア開発はもちろん、中国ビジネスを展開していくうえでも、ソフトウェア開発のコスト削減は、中国ベンダーにとって急務であることに変わりはない。
しかし、拠点を内陸部に移すには、拠点を開設したり、そこの地元で人材を採用し、育成するためのコストがかかるのも実際のところだ。そこでCITSAでは業界団体として国や地方自治体との交渉にあたり、「できる限り有利な条件で受け入れてもらえる地方都市を探していく」(曲理事長)という考えを示している。個々の企業ではなかなか国や地方自治体との交渉は難しい面もあるが、業界団体としてなら、交渉の余地が広がりやすい。
次項からは、日系ITベンダー、SIerとそのビジネスパートナーの動きをレポートする。
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