9月1日は防災の日。全国各地で、災害に備え、訓練が行われる。東京・港区の品川駅では、港南口の駅前広場に設置された「防災ボード」が、行き来する人たちの注目を集めそうだ。災害時に、LEDディスプレイで震災関連情報を発信する防災ボードは、音響・映像システムを提供するヒビノが開発したもの。同社は、港区へのパイロット導入を皮切りに、全国の自治体などへの販売を目指す。平常時にも活用できるよう、コンテンツ配信のための通信に京セラコミュニケーションシステム(KCCS)のツールを採用した。
【今回の事例内容】
<導入企業>ヒビノ業務用の音響機器や映像ディスプレイの開発・販売を手がける。設立は1964年。2014年3月期の連結売上高は176億円、従業員数は665人(2014年3月末時点)。東京・港区に本社を構える
<決断した人>原口幸慶・センター長(左)と鈴木泰男・担当部長。原口センター長が無線の採用を主張し、導入の決断に至った
<課題>防災ボードの事業化にあたって、平常時の活用を実現するために、遠隔からコンテンツ配信ができるツールを必要としていた
<対策>KCCSの「ワイヤレスM2M回線」を導入し、無線でデータ通信ができる環境をつくった
<効果>港区では、区が安全な自転車利用などについて情報を発信し、生活の改善につなげている
<今回の事例から学ぶポイント>防災ソリューションは、災害時だけでなく、平常時の活用も想定して開発することが重要
通信ツールで提案を促す
「緊急地震速報。強い揺れに注意してください」「津波情報。大津波警報が発表されました」。ヒビノの防災ボードは、震災が発生した際、迫力のあるLEDディスプレイを生かして、音声とともに、こうした関連情報を発信する。東日本大震災をきっかけに開発に着手した新規事業で、パイロットとして、東京都港区に納入し、5月28日、品川駅前に設置した。今後は、「震災に強いまちづくり」に取り組んでいる自治体などに提案して、ビジネスとして軌道に乗せることを目指す。
提案を受注に結びつけるうえでカギを握るのは、防災ボードを平常時でも活用できるようにして、いかに市民生活に役立つかを自治体に訴求することだ。防災ボードは、あくまでも災害時にすぐに必要な情報を流して、避難や救援活動を支えることが使命だが、自治体としても、せっかく設置するのなら平常時にもうまく活用したいはず。
ヒビノは、防災ボードに平常時向けのコンテンツ配信の方法を検討していくなかで、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)が提供するワイヤレスM2M(マシン・トゥ・マシン)回線に着目した。
有線派と無線派で議論
防災ボードは、総務省消防庁が手がける全国瞬時警報システム(J-ALERT)とつながっていて、震災が発生したら、J-ALERTからの情報をリアルタイムに表示する。ディスプレイのほかに、スピーカーも備えていて、文字と音声の両方で注意を呼びかける。これによって、目や耳の不自由な人にも情報が伝わるようにしている。しかし、これだけでは、平常時に表示する情報がない。例えば、自治体がマナー向上のための情報を発信したくても、伝達の仕組みがない。
ヒビノは、自治体がコンテンツを編集して、遠隔操作で防災ボードにアップロードできるように、急ピッチで最適なツールを探した。港区へのパイロット導入を目の前にして、データ通信を有線で行うか、それとも無線を活用するかについて、総務事業企画本部R&Dセンターで熱く議論を交わした。
担当部長の鈴木泰男氏は“有線派”。品川駅近くにはNTTグループのビル群がいわゆる「NTTタウン」を形成していることもあって、「NTTに相談し、光回線を引いてもらおうと考えていた」と述べる。ところが、その意見に“無線派”の原口幸慶・センター長が強く反論。「地下から回線を引く工事には時間とコストがかかるし、今の時代はやはり無線だ」と、力を込めて論じた。原口センター長は「最初から『無線しかない』」ということを主張して、鈴木担当部長は「なら、センター長の判断で」と、工事が不要などの無線のメリットを認めたうえで、無線を活用するプランに賛成したという経緯がある。
自治体への提案で事業の柱に
ヒビノが無線ソリューションに強いと評価したKCCSに連絡したところ、2日後には提案を受けたという。KCCSは、3G(第3世代移動通信システム) を活用して、無線の通信環境を提供する「ワイヤレスM2M回線」というソリューションを提案した。「検証段階で、3Gがクライアントソフトに問題なく対応することがわかって、導入を決めた」(原口センター長)と語る。

「安全な自転車利用について」。港区は、KCCSのツールを活用して、品川駅港南口の駅前広場を利用する人に、マナーなどについての情報を発信している この5月、防災ボードがヒビノの本社も近い品川駅前に設置された。現在は、例えば「安全な自転車利用について、港区からのお知らせ」というふうに情報を発信していて、品川駅の港南口を利用する人たちは防災ボードの存在を認識し始めている。“有線派”だった鈴木担当部長も、「システムが円滑に稼働している」ことから、最初に抱えていた安定性などの不安が払しょくされたそうだ。
品川駅前の防災ボードは、喫煙ルールや迷子の知らせを発信するなど、平常時にも活用ニーズがたくさんある。ヒビノは、全国各地の自治体が防災に対するマインドを高めていることを追い風に、提案活動に注力して、防災ボードをビジネスの新たな柱にしようとしている。(ゼンフ ミシャ)