見直しが進むオフショアソフト開発
適材適所で柔軟な開発へ
日本のオフショアソフト開発の主な委託先である中国の情勢が厳しさを増すなか、国内大手SIerやITベンダーは、オフショアソフト開発のあり方そのものの見直しを進めている。従来型の中国での「対日オフショアソフト開発」の延長線上ではなく、ターゲットとする市場に適した場所と手法で、柔軟にソフトウェアを開発する「グローバルデリバリモデル」への移行を進める。
商機はミャンマーにあり

NTTデータ
ミャンマー
小林義幸
取締役 国内最大手SIer のNTTデータは、中国やインド、ミャンマー、ベトナムなどグローバルビジネスを視野に入れた開発拠点の整備を急ピッチで進めている。同社は中国で約4000人、インドで約1万人規模の開発人員を抱えている。コストメリットが大きいインドでは、中国の2倍余りの開発人員に達しているものの、インドの情報サービス産業が主に欧米向けのソフト開発をベースに発展してきた経緯から、「こと“対日オフショア”という観点でみると、実情にそぐわない」(NTTデータミャンマーの小林義幸取締役)。したがって、対日オフショアソフト開発については中国をメインに据えて、これにミャンマーとベトナムを加えた体制の整備を進めている。
2012年11月にミャンマー法人の営業をスタート。ミャンマーでは、この先5年で500人体勢への拡充を目指す。NTTデータは、ミャンマーとベトナムをASEANにおける対日オフショアソフト開発の2大拠点と位置づけて、人員の拡充を推進。小林取締役は、「5年先にミャンマーやベトナム、インドネシアなどを合わせたASEAN地域で1000人ほどの体制になれば、ある程度は中国を代替することができる」と話す。
こうしたNTTデータの取り組みは、一見するとコスト見合いで採算が合いにくくなってきた中国から、SEの人月単価で中国の半分、1人あたりGDPでもASEANの最下位層に位置するミャンマーとベトナム、ASEAN最大の人口を抱えるインドネシアに活路を見出そうとしているようにみえる。だがNTTデータでは、単純に今の中国に委託しているオフショアソフト開発が、そのままASEANに移るとはみていない。その最大の理由は、開発手法や市場環境が大きく変わろうとしていることにある。
伏兵はソフト開発の自動化か
オフショアソフト開発は、もともとウォーターフォール型開発におけるプログラムの製造工程をアウトソーシングするのに適しているが、前述した通り、近年は「アジャイル開発」や「反復型開発」を採用するケースが急速に増えている。
NTTデータでは、短い期間で動作するソフトウェアを漸進的、反復的に開発していく「アジャイル開発」手法の米国IT企業における採用率が「30%を超えている」とみており、関西の有力SIerオージス総研の平山輝社長は「世界的なトレンドとしてアジャイルと反復型開発を合わせると恐らく半分余りの採用率に達している」と分析している。これまで、国内は9割方が従来の「ウォーターフォール型」が占めていたが、別の大手SIer幹部は「今後、従来型の開発手法の比率が下がれば、対日オフショアソフト開発も少なからぬ影響を受ける」とみている。
二つ目の要因は、ソフト開発やテストなどの自動化である。NTTデータは、今年度(2014年3月期)、開発自動化ツールの適用案件数を昨年度比4割近く増やして218件に拡大させる計画だ。グローバルで数千件はある案件のうちの218件は、まだごくわずかだが、「ここ数年の自動化適用の取り組みのなかでプロジェクトマネージャーの意識は大きく変わりつつある」と、NTTデータの岩本敏男社長は胸を張る。「かつて中国に初めてオフショアソフト開発を委託するとき、多くのプロマネは『品質や納期は大丈夫なのか?』と不安に思ったが、今では中国オフショアはあたりまえのように行われ、コスト削減に大きく寄与してきた」として、今の開発自動化の試みは、まさに「オフショア開発の黎明期と同じ雰囲気を感じている」と話す。10年後には開発自動化の適用があたりまえの世の中になっている可能性を示唆しているのだ。
域内ビジネスを強く意識
三つ目が地場ビジネスの拡大の要因である。日本の主なオフショア委託先である中国や、成長著しいASEANをはじめとするアジア市場は、日本経済にとってもはや欠かせない存在であることはいうまでもない。主要SIer はこぞって進出しているが、現地でシステム構築(SI)案件を獲得したとき、コスト高の日本に持ち帰って開発していては採算点にはほど遠いものになる。そこで活用するのが地場の開発拠点である。NTTデータのミャンマーやベトナム拠点は、まさにこのために人員を拡充している。

着々と近代化が進むミャンマー市内(NTTデータ提供) しかし、人員増に見合った開発案件が今すぐにはなく、とくに立ち上がったばかりのミャンマーではスキルの面からプロジェクトを任しきれない。そこで登場するのが“つなぎ”のための対日オフショアソフト開発である。対日でスキルを高めつつ、本命の「地場案件のSIへとシフトしていく」(NTTデータミャンマーの堀川雅紀社長)というプロセスを踏むわけだ。中国の開発スタッフも地場ビジネスへのシフトを段階的に進めていく。
NTTデータミャンマーの社員数は、この4月末までに100人ほどに増えた。開発スキルを身につけるために一部技術者を先行するベトナムやインド、タイ、日本などに派遣している。NTTデータミャンマーの堀川社長は「各国法人の社員同士の交流を活発化することで、今後、例えばタイで受注したSI案件をミャンマーでスムーズに開発できるようにする」と、ASEAN域内案件の開発拠点を強く意識している。150人ほどの人員を抱えるNTTデータベトナムの柳川正宏社長も「ASEANの経済共同体化が一段と進む見通しのなかで、域内のニアショア拠点としての役割を担っていく」と、域内ビジネスを重視している。

(左から)NTTデータミャンマー 堀川雅紀 社長、NTTデータベトナム 柳川正宏 社長対日ソフト開発は消滅か

NECシステムテクノロジー
進藤一英
執行役員 NECグループもオフショアソフト開発の8割方を中国に発注しているが、「従来型の対日オフショアソフト開発はいずれなくなる」(NECグループでソフト開発を担うNECシステムテクノロジーの進藤一英執行役員)とみている。円安傾向も要因の一つだが、それ以上に中国の人件費は今後上昇することはあっても、下がることはまず考えられないからだ。従来型の対日オフショアソフト開発では、円安や中国人件費の上昇はコスト増、利益圧迫にしかならないが、これを転換するには「オフショアモデルからグローバルデリバリモデルへの移行が欠かせない」と、進藤執行役員は言う。
つまり、日本から中国に発注する一方通行の対日オフショアソフト開発ではなく、世界の最適な場所で開発を行うグローバルデリバリモデルへの移行こそが、今後のソフト開発のあり方だと説く。中国を例に取れば、沿岸部の大都市圏で受注して、人件費が比較的安定している内陸部で開発する。ASEANであれば、シンガポールやマレーシア、タイなどで受注して、ミャンマー、ベトナムで開発する体制を築けば、NECグループの売り上げと利益の増加に大きく貢献できる。
世界の有力ベンダーがシェアを競い合う成長市場では、当然ながらグローバル大手ベンダーとの激しい競争を強いられる。この競争に勝ち残るには、それぞれの地域に即したかたちで、いかに安く、早く開発できるかにかかっている。開発体制の確立は、人材育成によるところが大きいので、一朝一夕に立ち上げられるものではない。日本のSIer、ITベンダーの強みを海外でより大きく伸ばす人材に育て上げるには、5~10年の期間を要する。これまでの対日オフショアソフト開発の経験を生かしながら、中国やASEANなどの進出先の市場に最適化した開発体制の整備や、自動化ツールなどの活用による新しい開発手法の早期確立が求められている。
記者の眼
業務アプリケーションの開発は、国や地域ごとの商慣習に大きく左右される。日本のオフショアソフト開発が中国に依存しているのも、中国の対日オフショアソフト開発を手がけるベンダーの多くが日本の商慣習やシステム開発手法を熟知しているからにほかならない。
野村総合研究所(NRI)の嶋本正社長は「円安傾向や中国の人件費高騰は十分に承知しているが、今のところは中国のビジネスパートナーになんとか工夫してもらっている」と、中国の対日オフショア開発ベンダーとの協業を続けていく考えだ。NRIをはじめ多くの有力日系SIer向けに対日オフショア開発を手がける上海海隆軟件の包叔平董事長は、「南京の開発センターを立ち上げるなど、コスト抑制に努めると同時に、規模のメリットの追求や生産性、SE稼働率の向上に努めることで、少なくとも向こう10年は売り上げ、利益ともに伸ばせる」と、逆風下でも日系SIerの要求に応え続けられると自信を示す。
日系SIerがアジア成長市場でビジネスを伸ばすには、こうした地場の有力ビジネスパートナーを含めた開発体制を、中国やASEANなどの地域でどこまで拡充できるかにかかっている。