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1兆円超の売上収益を誇る日立製作所の中国事業から日本企業は何を学ぶべきか シェアバイクやキャッシュレスは中国社会のほんの一面にすぎない

2018/12/13 12:00

週刊BCN 2018年12月10日vol.1755掲載

 かつて、オフショア開発の一大拠点だった中国。その後の経済発展により、日本のITベンダーにとって中国は魅力的な市場へと変わるはずだったが、多くは日本企業の中国拠点が顧客という状況で、地場の企業にはなかなか入り込めていない。とはいえ、中国はGDP世界第2位の経済大国。ここを避けるようでは、大きな成長を期待できない。日本のITベンダーにチャンスはあるのか。中国で1兆円超の売上収益を誇る日立グループの中国総代表を務める小久保憲一・執行役専務と、産業・流通分野のデジタルソリューション事業を統括する阿部淳・執行役常務に、日立製作所の中国ビジネスと、日本のITベンダーが中国市場で求められる役割を聞いた。(取材・文/畔上文昭、写真/松嶋優子)

売上収益1兆410億円は中国のニーズに応えた結果

 「シェアバイクやキャッシュレスで語られがちだが、中国はそれだけではない」と、小久保専務は表面的な捉え方では中国におけるビジネス展開は難しいと指摘する。日立は、中国に進出して以来、着実にビジネスを拡大してきている。その全てを知る小久保専務は、「中国にとって役に立つ会社であること」が、中国でのビジネス展開においては重要だと語る。日本の企業が自社の製品やサービスを中国に持ち込んでも、簡単には成功しない。
 
日立製作所 執行役専務
日立グループ 中国総代表
日立(中国) 董事長
小久保 憲一氏

 小久保専務は1979年入社。72年の日中国交正常化、78年の日中平和友好条約の締結を経て、日本で中国が注目され始めた時期である。

 「日中国交正常化により、中国との関係がすごく重要になる」と感じた小久保専務は、周囲が冷ややかな目で見る中、大学で中国語を専攻した。

 小久保専務が日立に入社した当時は、海外事業に従事する社員が500人程度。製品別に組織が分かれていたが、中国だけは国のくくりで営業部があった。「80年には福建省に合弁会社を設立。日本のメーカーとしては初めての取り組みで、なぜと思うくらいに日立は中国にコミットしていた」という。

 日立グループの中国事業は、18年3月期で売上収益が1兆410億円。グローバル全体の10%超を占めるまでに成長した。

 「中期経営計画では、売上収益を1兆1000億円としているが、日立グループ全体で事業の再編に取り組んでいるため、あまり伸びていないと感じるかもしれない。まだ、収益率を追求していることから、中国事業の状況は簡単には表現できない。日立グーループ全体で収益率は8%を目指しているが、投資に回すためにも、もっと収益率を伸ばしていきたい」と、小久保専務は今後の展開を描いている。

 日立グループの中国における主な事業は、情報・通信システムのほか、モノレールやエレベーターなどの社会・産業システム、MRIなどの医療・分析装置、パワーショベルなどの建設機械、白物家電などの生活関連製品、自動車関連製品、高機能材料。「目指しているのは、中国が欲している分野で、日立の力を発揮すること。なんでもいいわけではない」と小久保専務。同社の中国事業の成功は、この方針に尽きると言えるだろう。
 
 

中国の発展方向に展開する社会イノベーション事業

 日立が現在注力しているのは、社会イノベーション事業におけるITとOT(制御・運用技術)を実装したプロダクトである。これは、中国政府が掲げる次の方針に日立の事業をあてはめた結果でもある。

 具体的には、病院の経営効率化やスマート医療などの「健康中国」、新エネルギー車の推進や大気・水質・土壌改善の「美しい中国」、工業モデルチェンジ・レベルアップやビッグデータ開放の「ネットワーク強国」、グローバル協調の「第三国協力」の四つで、これらは日立がこれまで取り組んできていることでもある。中国政府の方針は、従来の製造能力拡大を中心としたフェーズから、高効率化・省エネ化に注力する経済へと舵を切っている。

 こうした中で日立が中国事業で注力しているのは、エレベーター・エスカレーター、自動車部品、高機能材料などのプロダクト事業をベースとして継続的に強化していくこと。そして中国の発展とともに、ヘルスケア、スマート製造、アーバンデジタルなどの成長分野で、IoTプラットフォーム「Lumada」を活用し、社会イノベーション事業の展開を加速していくことだ。

 また、中国政府が注力する医療・養老分野では、病院経営の効率化や養老施設向けソリューションの提供に取り組んでいる。「中国の病院の多くは、まだ経営の効率化ができていない。例えば、受付から8時間待って、診療は3分ということもある」(小久保専務)など、効率化ができていないのが現状である。日立はこのほかに、産業や流通のスマート化、自動運転技術の展開などによって、社会イノベーション事業の拡大を目指している。

中国における研究開発は3拠点3000人体制で推進

 日立は中国に三つの研究開発拠点を持っており、約3000人の体制で研究に取り組んでいる。一つは2000年に設置した北京拠点。Lumadaやヘルスケアなどに取り組んでおり、清華大学と提携している。二つ目は2005年に設置した上海拠点。材料やモノづくりに関連する研究開発に取り組んでおり、上海交通大学と連携している。三つ目は2016年に設置した広州拠点。スマート製造やアーバンデジタルなどに取り組んでおり、華南理工大学と連携している。

 「中国では3000人の研究者を抱えているが、そのうちの約100人が客先に出向き、日立の事業展開を支援している」と小久保専務。研究の成果を実ビジネスに生かしている。こうした動きを日立は世界に展開しており、「研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ(CSI)」という協創拠点を各地域に設立し、研究者による事業支援を強化している。

 また、研究開発拠点を中国に置くことは、中国の変化のスピードに対応するという意味においても重要となる。「8年ほど前から中国が大きく発展してきて、ここ5年でその変化が激しくなった。さらに、この2年でもっと変化が激しくなってきている。変化が速いので、やるべきこと、やれることがたくさんある。だから、中国の事業は面白い。日本にいると、その変化に追いつくのが難しい。変化のスピードを理解して、日本のやり方を変えていかなければならない。日本の企業がやらなければ、中国のスタートアップが取り組み始める。中国政府も、そうした企業の支援を強化している」と、小久保専務は中国で事業を展開するには現地の変化を肌で感じる必要があると説く。それができれば、日本の企業にもチャンスがあるというわけだ。

中国の人件費の高騰で日本のノウハウが生きる

 日立は、中国における産業・流通分野のデジタルソリューション事業の展開にも注力している。「中国では、まだ効率化の問題から物流コストが高く、人材も集められない。それを自動化などによって改善しようとしている。そこに日立のノウハウが生きる」と阿部常務は考えている。日立グループの強みは、製造業や流通業などの幅広い分野でノウハウがあることと、Lumadaソリューションを始めとするIoTを活用した最適化技術を持っているところにある。これらにより、バリューチェーン全体での高付加価値サービスの提供に取り組んでいる。
 
日立製作所 執行役常務
産業・流通ビジネスユニットCEO
阿部 淳氏

 こうした取り組みが中国で必要とされる背景について、阿部常務は中国の人件費高騰があると説明する。「以前なら、統合システム運用管理ツール『JP1』に対し、人手をかければシステムを入れなくても対応できるというムードがあった。今は自動化に向けて、JP1のようなシステムの役割が増している。品質への要求も上がっている。そこに日本のITベンダーにチャンスがある」。以前であれば、日本のITソリューションが中国に進出するのは容易ではなかったが、風向きが変わりつつあるという。「安全に対する中国人の意識も変わってきている。こうした変化により、日本のノウハウが生きる状況になりつつある」。

 こうした変化を知るには、やはり中国の変化を現地で感じる必要がある。「中国はGDP世界第2位。この“新常態”の下で持続的に発展している。日立にとって中国は最も重要な海外市場であり、調達先でもある。日立は引き続き、中国にとって最も信頼できるパートナーを目指していく。もっと実力をつけて、中国が切ろうにも切れない存在にならなければと考えている」と、小久保専務は語る。日本のITベンダーが中国を避けて、他の新興国を目指すというのは、ありがちなケースでもある。とはいえ、小久保専務が指摘するように、中国はGDP世界第2位の巨大市場。日立の取り組みを参考に、自社のノウハウを生かす戦略を立ててみてはいかがだろうか。
 

中国の発展とともに歩んだ日立グループの中国事業

 日立グループの中国事業の変遷は、五つのフェーズに分けることができる。

 フェーズ1は、72年以降の日中国交正常化により始まった設備・プラントの輸出。初納入は73年の河北省唐山の火力発電設備で、現在も25万kWの電気を作り出している。その後も、ガスタービン発電設備やポリエステルプラント設備などを輸出し、実績を残した。

 フェーズ2は、鄧小平が来日するなど、中国が対外開放に取り組み始めた78年以降。日立は、中国の対外開放に沿った形の技術支援によって中国国産化に協力した。79年には日本のメーカーとして初めて北京に事務所を開設し、81年には合弁会社の福建日立カラーテレビ製造を設立。「日系製造合弁企業の設立は、中国国内で初めて。日立としては冒険だった」と小久保専務は当時を振り返る。

 フェーズ3は、鄧小平が中国南部地域を視察して、改革開放を呼び掛けた南巡講話の92年以降。中国の開放加速を受け、日立は現地法人を中国主要都市に設立。現在につながる日立グループの事業展開を加速させた。

 フェーズ4は、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した02年以降。日立は、市場としての中国の発展を見据え、グループ経営を加速。04年には日立グループの地域総代表として、「日立グループ 中国総代表」を設置。現在は、小久保専務がその役を担っている。「日立グループの中国現地法人は143社になるが、中国政府はグループ全体で“日立”として認識している。そのため、中国政府とのやり取りについては、今は私が窓口になっている」。
 

 フェーズ5は、中国がGDPで世界第2位となった10年から現在まで。日立グループは、良好な中国政府との関係を維持しつつ、社会イノベーション事業に注力している。

 「中国では政府との関係が極めて重要。それがなければ、社会イノベーション事業は展開できない。日立グループは72年から中国にコミットしていて、製品を提供するだけでなく、ITとOTにもノウハウがある。そのため、日立と組むといいことがありそうだと、中国政府は頼りにしてくれている」と、小久保専務は中国政府との関係を強調する。

 日立は、国家発展改革委員会と協力覚書を取り交わしており、人的交流や技術交流会などに取り組んでいる。国家発展改革委員会との協力覚書を交わしたのは、世界で数社であり、日本では日立のみである。
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