『週刊BCN』の人気コーナー「営業マネージャーたちの最前線」。昨年10月から、メーカーやシステムインテグレータ(SIer)で営業現場を束ねる45人のリーダーに取材してきた。この特集では、第一線マネージャーたちが培ってきた営業のノウハウを集大成する。IT業界が大きく変わるなか、営業のポイントは何か。“生の声”を分析して、具体的にわかりやすくお伝えする。(取材・文/ゼンフ ミシャ)
【注】この記事で紹介する営業マネージャー各氏の所属と肩書きは取材当時のものです。
目が離せないITの三つのメガトレンド こんな「裏技」でものにする
その1 クラウド 避けられないトラブルが商機に
クラウドは本当に使えるのか──。2012年と13年のこの差に注目。調査会社のIDC Japanによれば、「(クラウド導入を)検討したが利用しないことに決定した」と答えた企業が、1年の間に26.5%から7.8%に激減した(図1参照)。この変化からは、13年あたりを境に、クラウドサービスの利便性や安全性が大きく改善されて、ITベンダーの営業担当は、ユーザー企業へのクラウド活用の提案をうまく受注につなげられるようになった、と読み取ることができる。実際、14年には、クラウドを「利用中」の企業が25.1%に達し、13.1%が「利用を前提に検討中」というように、クラウドサービスの導入は着実に進んでいる。

IIJ
喜多剛志
副部長 クラウド提案で、受注するうえでのネックになりがちなのは、クラウド上のシステムの稼働に安定性が乏しいということ。ベンダーは、99%以上の稼働率を訴求しているが、ときどきシステムが止まるのがクラウドともいえる。サービスを提供するベンダーの営業担当にとっては可用性が低いことは悩みの種だが、ユーザー企業に対して、自社がトラブルにしっかり対応することを伝える機会にもなる。「実は、トラブルが発生したときこそ、営業の出番」。インターネットイニシアティブ(IIJ)の喜多剛志・第一営業部営業1課副部長兼営業1課長は、クラウドシステムに不具合が生じたとき、部下と一緒にユーザー企業に駆けつけて、問題が解決するまで現場から離れない。格好よくトラブルシューターの腕を振るうことで、お客様の心をつかみ、信頼関係の強化につなげている。

NTTデータ
阿部牧子
部長 「おたくの会社に不満がある」。自治体のお客様にそういわれたとき、NTTデータ第一公共システム事業部営業部第一営業担当部長の阿部牧子氏はすぐに手を打った。まるで戦場に赴く大将のように、関係回復の戦略を練り、それを体系立てて実行。これまでの提案の問題点は何だったか、競合他社はどう動いているのか、部下たちに徹底的に情報を収集・分析させ、自らが最前線でお客様に接することによって、大口の更新案件受注にこぎ着けた。トラブルをきっかけに、お客様により深く入り込むことが営業の腕の見せどころ。とくに不具合が発生しやすいクラウドでは、営業担当のしっかりした対応が、意外な商機を生むことがある。
その2 ビッグデータ アイデア次第、SMB開拓もあり
ビッグデータの提案は、中堅・中小企業(SMB)には不向き!? 決して、そんなことはない。確かに、SMBの多くはデータ活用になじんでおらず、IDC Japanの調査も、それを数字で裏づける。IDC Japan調べでは、従業員数が少なければ少ないほど、ビッグデータが「わからない」企業が多くなり、10~99人規模の企業でビッグデータを活用しているのは、わずか2.3%。しかし、少し切り口を変えてみれば、データ活用の提案がSMBに響く余地は十分にある。

アシスト
小高憲和
課長 アシストでビジネスインテリジェンス(BI)ツールを担当する小高憲和・ビジネスパートナー営業本部営業1部課長が乗り出しているのは、BIツールとコピー機のセット提案だ。IT専門家でなくても、簡単にデータ分析ができるよう、ツールの機能を絞って使いやすくし、コピー機の利用状況を分析することによって用紙や電力利用料の削減ができる、という仕組みをつくった。コピー機の販売会社にこれを提案し、販社にとって差異化を図りやすくするとともに、BIツールのSMB向け展開に拍車をかけている。「SMBには大きな可能性を感じる」と小高課長。知恵を絞ってユニークな提案シナリオを考えることで、市場開拓を推進している。
●数字化を胆に銘じる 経営陣に「効果」を訴求
ユーザー企業は、ビッグデータの活用によって、マーケティングを強化したいというケースが多い。とくに、流通/サービスや金融といった業界で、そうした傾向がある(図2参照)。「消費者の声をきめ細かく把握し、新規サービスを開発したい」とか、「どのように製品を改善すれば、お客様に喜んでもらえるかを知りたい」など、厳しい競争を勝ち抜くための武器がほしいというニーズが背景にある。
そんななか、ユーザー企業がデータ活用に関して求めるのは、収益への貢献。だから、提案ではビッグデータの「効果」を数字化して、何のためにデータを活用するかを明確に打ち出すことができれば、案件が受注に結びつく可能性が大きく高まる。

MDV
中村正樹
シニアマネージャ 数字を意識する習慣は、社内での活動から始まる。製薬会社に、薬剤処方データを活用したマーケティング支援ツールを提供するメディカル・データ・ビジョン(MDV)では、社員の給与を時給に換算して見える化し、一覧表として会議室のドアに貼っている。会議の時間をオーバーすれば、どのくらいお金の損失になるかを社員に意識させる取り組みだ。同社で分析ツールの事業を率いる中村正樹・事業開発部シニアマネージャは、提案のときもお客様に導入効果の数字を示すなどして、「経営的な視点をもって」営業活動を行っている。
その3 ソーシャル やっぱり直接の会話が大切
「今、○○空港に着きました」。こうして、Facebookを利用し、自分の居場所を発信するなど、ソーシャルメディアを営業活動に生かす人が増えている。ITを駆使し、人と人をつなぐ「ソーシャル」は、ユーザーとして使うツールだけではなく、お客様に提案する商材としても注目を浴びている。ビデオ会議などのコラボレーション、CRM(顧客関係管理)、ERM(リスク管理)。ソーシャルを切り口とする製品やサービスが日増しに増加している。IDC Japanは、これらをまとめた「ソーシャルビジネス関連市場」は、2018年までに年39.8%増の成長を遂げて405億8600万円に拡大すると予測している(図3参照)。

SCSK
内田亮
営業第一課長 CRMを注力商材としているSCSK。自社のあらゆる商材を組み合わせ、独自性の強いソリューションで受注を勝ち取るために、複数の部門が連携する「クロスセル」の強化に取り組んでいる。クロスセルは、お客様との商談の場で輝くだけではなく、社内の人脈網を構築して、各部門の立場や意見をうまく調整するという活動もとても大切だ。SCSKでCRMを担当する内田亮・製造・サービスシステム事業本部営業第一部営業第一課長は、失敗の経験が、社内の人脈づくりの仕方を見直すきっかけになった。もともとは少し「偉そうな態度」を取ってほかの部署に接していたが、「それではダメ」という上司の指摘を胸に刻み、今は、相手の価値観や連携によるメリットをちゃんと考えるようにしている。
●「私もiPad」自社活用で提案に迫力
「みんなのお兄ちゃんになりたい」。内田課長は、社内の人間関係こそがクロスセルを成功に導くためのカギを握ると捉えて、都内各地にある部署に足しげく通い、直接の会話を徹底している。どこでもコミュニケーションができるようになったソーシャルの時代だからこそ、フットワークを軽くして「顔を出す」という従来の営業スタイルがなお、重要さを増している。「バーチャル」と「リアル」をうまく融合させることがポイントだ。

インテック
福山朋子
課長 インテックの福山朋子・金融ソリューションサービス企画部企画課課長は、全国各地の銀行を訪問し、スマートフォンやタブレット端末で口座開設ができるなど、金融業に特化したCRMソリューションを提案する。現地に足を運び、お客様に密着して製品開発に使えそうな声を拾いながら、iPadを活用して、遠隔で承認などの業務をこなしたり、部下と情報を共有したりする。「私は、自分でiPadを活用しているからこそ、お客様が納得するモバイル活用の提案ができる」と語る。福山課長の上司は、iPadなどITツールの社内活用に積極的だそうだ。上層部には、営業担当がばりばり活動できる環境を整えることを求められる。このことが、業務改善にとどまらず、ビジネスの創出にもつながる。
日本マイクロソフトとIIJのクラウド連携 「Azure×GIO」を仕掛けたのはこの人!
IT企業で活躍する営業マネージャーの多くは、転職の経験をもっていて、複数の企業で人脈網を構築している。実は、そういう人脈が、企業同士のユニークな提携につながることがある。
この7月、日本マイクロソフトとインターネットイニシアティブ(IIJ)は、それぞれのクラウド「Microsoft Azure」と「IIJ GIOサービス」を連携させ、マルチクラウドサービスを提供することを発表した。ベンダー間でクラウドをつないで、ユーザー企業が必要に応じて適切なインフラを利用できる仕組みをつくったという意味で、クラウドビジネスの今後の道を示す取り組みといえる。
両社の提携を考え出し、実行に移したのは、日本マイクロソフトのパートナーセールス統括本部パートナーテクノロジー第一本部の田中啓之・本部長。前職でIIJに在籍し、ネットワーク営業に携わったときに築いた、IIJ役員などとの人脈を活用し、今回の提携をバックで仕切った。クラウド販売の新しい手法としてベンダー間の連携は今後も増え、市場に刺激を与えるだろう。そんななか、豊富な人脈をもって、“裏で”パートナーシップの基盤をつくる営業マネージャーの活動に注目が集まる。
「自分の活動が、業界や人々の生活にどれだけインパクトを与えるか。常に意識して動いている」という田中本部長。本紙次週号の「営業マネージャーたちの最前線」で、その活動を紹介する。
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