日本でもネット投票はあり得る
──ネット選挙の解禁も、政治とITという観点では、今年の大きなトピックですね。 平井 自民党は最も先進的な取り組みを進めたと自負しています。私の肝煎りで、国内IT企業の協力の下、「Truth Team」という専門チームを立ち上げました。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、ネット上の膨大な情報から、国民が政治に対して求めていることを把握・分析し、党や候補者で共有、選挙活動にフィードバックするのがミッションです。なりすましや違法な書き込みにもチームのメンバーが対処しました。これが、大きな成果につながったと思っています。
──参議院選挙の前には、改選議員を中心にネット選挙解禁への慎重論が出ていましたが……。 平井 今、私たちは1980年代からスタートしたコンピュータとネットワークによる「第三次産業革命」の真っただ中にいます。世の中はものすごい勢いで変わっている。1760年代の第一次産業革命、そして1850年代からの第二次産業革命でも同じことが起きましたが、産業レベルで新陳代謝が起き、それが社会の成長につながっています。人間の生活のありさまも、企業も仕事も、すべてが変わっていくのに、政治だけがその場にとどまることはできません。だから、時代の要請として法改正に取り組み、ネット選挙の解禁を実現したわけです。民主主義のあり方についても、コンピュータとネットワークによって変わっていくということです。
──実際の選挙での運用を経て、ネット選挙はどんな方向に向かうのでしょうか? 平井 8月に、私が常任委員長を務める内閣委員の議員団で、番号制度の運用状況などを調査するために欧州を訪問しました。事前に綿密に計画を練ってアポイントも取っていたので、非常に内容の濃い視察になったのですが、世界で唯一、インターネット経由ですべての選挙の投票ができるエストニアも訪れました。これまで私は、インターネット投票については懐疑的な見方をしていたのですが、エストニアのインターネット投票の仕組みやシステムをこの目で見た今は、正直なところ、日本でも「あり」だと思っています。エストニアは、電子鍵や電子封筒を導入したりして不正や無効投票を防ぎ、投票の匿名性を保つことができるシステムをつくり込んでいる。日本でも、マイナンバーに電子署名や個人認証などをプラスすれば実現できるでしょう。とくに外国に住んでいる人などは、選挙への参加が容易になります。
もちろん、実際にインターネット投票をするところまでこぎ着けるためには、法案を作成・成立させる非常にハードなプロセスを経なければならない。しかし、費用対効果を意識したよりよい行政サービスという観点でみれば、荒唐無稽な話ではありません。ITが社会を変えていく事例として、十分検討に値します。
グレーゾーンは青信号
──政府の新IT戦略の発表に先立って、自民党としてICT戦略「デジタル・ニッポン2013」を政府に提言していますね。ここでは6分野に焦点を当てていますが、ポイントは? 平井 一番早く効果が出るのは、テレワークによる雇用の拡大でしょう。女性や若年層、高齢者の多様な働き方をITは支援できます。ハローワークのクラウド基盤を整備し、マイナンバーとも連携させて個人のキャリア情報を長期にわたって蓄積してビッグデータ化し、キャリアコンサルタントが長期にわたって就労、キャリア形成を支援するようなスキームづくりを進めたいと考えています。
また、そうした取り組みの前提となるのが、サイバーセキュリティの強化です。ITの利活用は、セキュリティの基盤がなければ進みません。国家安全保障の観点からも、ここは日の丸ベンダーに頑張ってもらう必要がありますし、人材育成や起業を国も支援して、セキュリティ分野だけで、10万人の雇用を創出したいと考えています。
人材育成では、ビッグデータを分析するデータサイエンティストを増やすことも重要なテーマです。先進国のなかでも、とくに日本はそうした人材が少ないのですが、今後、あらゆる分野で必要になる人材だと認識しています。
──そうした施策は、日本のIT産業を強くすることにもつながりそうですね。 平井 若い人たちが起業して、これまでの発想から脱却した新しい事業モデル、新しい技術開発にチャレンジできる環境をもっともっと整備していかなければならないと思っています。端的にいえば、新しいチャレンジをする人たちに対して、リスクマネーが供給されやすい仕組みづくりをやりたいということです。これは、税制の改正などを通じて必ず実現したいと考えています。
国内の産業ということでいえば、ITに限らず、日本企業は研究開発した技術の実用化や商品化までのスピードが遅い傾向があります。そこにはいろいろな規制も関係していて、法的にグレーゾーンの場合はとりあえずストップするというのが、国全体の雰囲気でした。しかし、例えば米国などは、「グレーゾーンはセーフ、真っ黒以外は前に進め」という雰囲気なんです。私としても、産業界には、「グレーゾーンは青信号」というメッセージを送りたいですね。黄色ではありません。そうした果敢なチャレンジが、2020年までに日本の空気を変える原動力になると思っています。

‘私たちは今、コンピュータとネットワークによる「第三次産業革命」の真っただ中にいます。’<“KEY PERSON”の愛用品>出張の相棒、セイコーのGPSソーラー時計 太陽電池を動力にして、世界中のどこにいても正確な時刻を知ることができる。「日本の先端技術が詰まった腕時計の概念を変える製品。移動が多い私にとっては信頼できる相棒だ」と、お気に入りの様子。
眼光紙背 ~取材を終えて~
8月の欧州視察では、ことのほか大きな収穫を得たという。IT立国として有名なエストニアは、小国で、IT産業が集積しているというわけではない。それでも、若い政治家や官僚らが、ITの利活用を積極的に進めていて、新しい時代の国づくりに邁進する姿に、大いに刺激を受けた様子だ。デンマークとスウェーデンにまたがるライフサイエンス分野の産業クラスター「メディコンバレー」が、いかに両国の医療・健康産業をITの活用によって促進しているかについても、熱く語ってくれた。
本文で触れたように、現代を、ITによる「第三次産業革命」の時代と位置づけ、「産業レベルでの新陳代謝が起こっている」と分析する。そんなタイミングだからこそ、グレーゾーンを突き進む日本企業を支援したいということなのかもしれない。
一方で、当然、淘汰される産業も出てくるが、「トータルで国民の暮らしはよりよくなると確信している」という。政治がその流れに遅れてはならないという、強い信念を感じた。(霞)
プロフィール
平井 たくや
平井 たくや(ひらい たくや)
1958年生まれ、香川県出身。1980年3月、上智大学外国語学部英語科卒業後、電通に入社。1987年11月、西日本放送代表取締役社長に就任。2000年6月に第42回衆議院選挙に無所属で出馬し、初当選。同年12月、自由民主党入党。内閣府大臣政務官、国土交通副大臣などを務めた。党内では、経済産業部会長、政務調査会副会長、広報戦略局長、ネットメディア局長などを歴任。2009年9月からはIT戦略特命委員長を務める。2010年5月には、政策グループ「新世紀」を設立し、代表幹事に就任した。昨年12月、内閣常任委員長に就任。
(編集部注)このインタビューは9月24日に行いました。平井氏の役職は取材当時のものです。