建設や物流といった業界で時間外労働に上限が設けられ、社会的機能の低下が懸念される「2024年問題」に直面したほか、自治体では災害への対応・対策の重要性が再認識されるなど、市場環境はめまぐるしく変化している。こうした問題に対し、業務効率化などでITが果たす役割の重要性がますます高まっており、加えて、生成AIの活用支援など国内のIT企業には新たな商機が生まれている。2024年上期(1~6月)の「週刊BCN」の紙面を振り返りながら、IT業界が担う未来を展望する。
(構成/大畑直悠、大向琴音)
Chapter1
DXで自治体業務を高度化
行政に求められる役割の複雑化といった背景から、DXによって自治体の業務の効率化や高度化を後押しする動きが加速している。24年は1月1日に能登半島地震が発生。災害への意識が高まる1年の始まりとなった。3月11日・2005号の特集「
防災・減災でITが大きな役割 進む自治体とベンダーの連携 」では、自治体の防災・減災を支援するITの役割を探った。SAPジャパンは能登半島地震を受け、避難所データを集約・可視化するアプリケーションを1月13日に石川県に提供。避難所の正しい情報を把握し、避難者への支援を行き渡らせるサポートをいち早く提供した。
3月11日・2005号の紙面
11年3月11日に発生した東日本大震災で大きな被害が出た仙台市は、自治体や企業、研究機関でつくる「仙台BOSAI-TECHイノベーションプラットフォーム」を22年2月に設立。ITを活用した官民連携による防災を推進している。ベンダー目線だけではなく、自治体のニーズに合わせたシステムの開発を促す事業創出プログラムなどで、防災や減災に向けたITの活用に弾みをつけている。プラットフォームを拡大させ、産業振興につなげたい考えで、企業同士や官民連携の共創を生み出し、社会実装や事業展開を進め、これまで技術的な制約や収益性の観点から難しかった防災課題の解決も目指している。
4月8日・2009号の「
ノーコードから始まる自治体DX パートナーに生まれる商機とは 」では、23年5月に始まった「ノーコード宣言シティー」プログラムなどを通じて、自治体のノーコード習得を後押しするノーコード推進協会(NCPA)や、プログラムに参画する自治体、そのパートナー企業を取材。ノーコードツールを起点とした自治体DXの可能性を探った。
ノーコードツールは、現場が直面する課題に対して素早くアプリケーションを開発したり改善したりできることから、多様な住民からのニーズに応える上での強力な武器になり得る。ノーコードによる開発を通してデジタルへの理解が高まるほか、全てのシステム開発を外部に依頼する必要がなくなることから、費用の削減にもつながるなどメリットは多い。
ノーコード宣言シティープログラムに加入する自治体は、職員向けの勉強会のほか、NCPAに属する「支援パートナー企業」による伴走サービスの提供を受けられる。参画する自治体のパートナーとなる企業の間では、同プログラムの取り組みの中で自治体との関係を深めたことで、セミナーなどを通して地域の中小企業などとの接点ができ、ノーコード関連の仕事を受注するなど、新しいビジネスにつながったケースも生まれている。
Chapter2
各業界の課題に対応
24年4月、建設業界と物流業界で時間外労働の上限規制など働き方改革関連法がスタート。人手不足などの課題を抱える中で対応を迫られた各業界向けに、生産性向上を支援する動きが加速した。
4月8日・2009号に掲載した「
2024年問題解決に挑む 建設、物流業界向けSaaS 」では、業界特化型SaaSを提供する企業を特集した。建設業界向けにサービスを展開するスパイダープラスは、建築図面・現場管理アプリの提供で業務時間の削減を支援する。取次店との連携も強化しながら、全国各地の建設会社への拡販を目指している。同じく建設業界向けに、現場業務の効率化から経営改善までを一元管理できるクラウド型のプロジェクト管理サービスを提供するのがアンドパッドだ。DXによる生産生向上や省人化の必要性が高まる中、顧客が自社サービスをしっかりと使いこなすためのサポートにも力を入れている。
4月8日・2009号の紙面
物流業界では、物流拠点に荷物を搬入するトラックが同じ時間帯に集中し、待機時間が発生することが長時間労働の一因になっている。企業間物流にフォーカスした物流DXを掲げるHacobuは、トラック予約受付システムの提供で荷待ち時間の把握・削減による物流拠点の生産性向上とドライバーの勤務時間削減を支援する。X Mile(クロスマイル)は物流業界に特化した経営支援サービスを提供。勤怠管理や安全教育といった導入しやすいサービスを入り口に、物流に関わるあらゆる業務をデジタル化、効率化を推進。同社のツールの利用で課題を見つけ、解決するサイクルを回す中で、アップセルを図っている。
農業の分野でも、高齢化や後継者不足などの慢性的な課題の解決に向けた動きが加速した。5月13日・2013号掲載の「
必要性高まる農業のデジタル化 協業の枠組み拡大が成長のかぎに 」では、クボタ、NTTアグリテクノロジー、NECの取り組みを紹介した。各社で共通したのは他社との協業の拡大を通した成長戦略だ。ニーズの多様化への対応やデータ収集の難しさなどを背景に、アグリテックベンチャーなどと組むことで競争力を上げることに意欲を示す。
3月18日・2006号の「
『町の自動車整備工場』のデジタル化は進むか 業界を越えた2社の挑戦 」では、自動車整備業向けの業務システムなどを開発するブロードリーフと、自動車部品卸のトヨタモビリティパーツの協業を紹介。両社は業界横断で利用可能なオープンな受発注プラットフォームを構築し、全国約9万社の整備業者の自動車部品の受発注のオンライン化を推進している。業界ごとの課題解決には一社単独ではなく、広い視野を持った協業が重要になりそうだ。
Chapter3
活発化する生成AIビジネス
23年にIT市場を席巻した生成AI。24年はビジネスでの活用が本格化した。これに伴って、生成AIの活用支援の提供など、ベンダーの新たなビジネスの立ち上げの動きも活発になった。
6月10日・2017号の「
ITベンダーの『Copilot』ビジネス 強みを生かした戦略で差別化図る 」では、米Microsoft(マイクロソフト)の生成AI機能「Copilot」の利用拡大に向けた、大塚商会、富士ソフトの「Copilot for Microsoft 365」導入支援サービス、ラックの「Copilot for Security」向けサービスを取り上げた。
6月10日・2017号の紙面
大塚商会は23年8月から300人規模で自社にCopilotを早期導入した。そこで得たノウハウを生かし、Copilotの活用を検討する顧客の導入前後のプロセスを一貫して支援する。Copilotの導入支援が顧客の課題を深掘りする機会になっているとして、その他のソリューションの提案といったビジネスの広がりにも期待を示す。富士ソフトは「Microsoft 365」の導入で培った豊富な知見と、関連の部隊が一体となった総合力を生かしたサービスを展開。今後はファイルサーバーなどに散在するデータのMicrosoft 365への集約といったデータの整理のニーズが増加するとして、データのガバナンスなど、必要なメニューを順次拡充する。
ラックは、Microsoft Copilot for Securityの導入支援サービスを提供し、顧客のセキュリティー運用の効率化を促進する。「Microsoft 365 E5」やマイクロソフトのセキュリティー製品を利用する企業を顧客層として想定。これらの製品から取得できる詳細なセキュリティーログを生かして、Microsoft Copilot for Securityを効果的に活用できるとみている。
4月29日・2012号の「
盛り上がるSIerの生成AIビジネス 選択の自由度が高い設計を重視 」では、NTTデータグループ、野村総合研究所(NRI)グループ、TISの取り組みに迫った。
NTTデータグループは業種共通で使えるSaaSや共同利用型の生成AI活用サービスの開発で、海外市場への展開も視野に入れる。NRIグループは自社でGPUサーバーを揃え、ユーザー企業がプライベートなLLM(大規模言語モデル)を運用可能にするサービスの提供に取り組む。大手クラウドベンダーの汎用AIとユーザー企業固有のデータを連携させて実用性を高めるアプローチが有望だと見るTISは、各企業が定めたガイドラインに従いながら外部の生成AIエンジンとのやりとりを管理できる「生成AIプラットフォーム」を独自に開発。各SIerは今後の生成AIの急速な発展を織り込み、最新の生成AI技術へと切り替えやすい選択度の高い設計を重視している。
Extra
多数の外資ベンダーが年次イベントを開催
コロナ禍が一段落し、24年上期も引き続き外資ベンダーが大規模な年次イベントを開催。最新の技術や戦略を披露し、本紙でも現地の模様をレポートした。4月22日・2011号では
米NVIDIA(エヌビディア)の「GTC 2024」の模様 を掲載。イベントでは生成AIに特化した次世代GPUアーキテクチャー「Blackwell」を発表。現行のGPU製品「H100」に採用されている「Hopper」アーキテクチャーよりも、学習/推論で大幅なパフォーマンス向上を実現した。必要となるGPU数も削減できるため、エネルギー効率の向上と合わせてコスト効率は25倍もの改善を見込めるという。
4月22日・2011号
6月10日・2017号では、
米Nutanix(ニュータニックス)の「.NEXT 2024」 を取り上げた。米Broadcom(ブロードコム)による米VMware(ヴイエムウェア)の買収に伴う混乱を背景に、移行を検討するユーザーの受け皿として期待される同社は、「導入」「モダナイズ」「イノベート」の三つのフェーズでそれぞれ新製品や機能を発表。顧客のITインフラの成熟度に応じたプロダクトやエコシステムを提供していくことで、顧客のインフラ環境をスケールさせる狙いだ。
そのほか、4月1日・2008号では
米CrowdStrike(クラウドストライク)がアジア太平洋地域(APJ) のパートナーに向けに開催したイベント「APJ Partner Symposium」、6月17日・2018号では、
フィンランドWithSecure(ウィズセキュア)の「SPHERE24」 を取材した。両社ともに今後の成長に向けてパートナーを重視する姿勢を示した。